She is a Lady Witch 1

 冷たい光沢の手袋に包まれた指先が、ふと黒い毛先を掬い上げた。けれども大きく外に巻く癖があるその髪は、指の動きに逆らってするりと滑り落ちていく。言いなりにはならないわと艶やかに嘲笑い、心騒ぐ香りを匂い立たせる。
「香水、変えたの?」
 それはまるで昼食のメニューを問うような何気ない科白と調子で、問い、問われた当人たちでなければ意味を解さなかっただろう。
 悪戯な指先から髪の毛を遠ざけるように掻き上げて、彼女は唇の端を器用に持ち上げて笑った。
「そう言うのって、野暮じゃないかしら」
 お互い関係がない事とまでは言わなかったが、視線は敢えてその意を含んで彼に向けられた。それが分からない男でない筈だが、優しげな風貌に反して意外と厚顔な性格をしている彼は、細い糸目をさらに横に引き延ばしただけだった。
 彼が穏やかな気質を宿すと思われるのは、この瞳のせいで常時笑みを浮かべているように見えるからだ。
「少しは嫉妬でもしてみようかと思って」
 目標を失って宙に浮いたままだった指が静かに下ろされた。
「殊勝な心がけね」
 彼女は鷹揚に頷いた。嫉妬させるほどの不満は誰にも感じさせていないつもりだけれど、恋の駆け引きとして時にはそんな事があっても良い。
 とは言え。
 一呼吸おいて言葉を継ぐ。
「貴方に嫉妬してもらっても、虚しいだけよ」
 結果的に拒否された形だと言うのに、やはりと言う雰囲気で彼が笑った。所詮は戯れ言、空虚に響くだけだ。しかも言い方が恩着せがましい。彼女が受け流すことは目に見えていた。
 無論、受け入れられた場合はそれに乗じる程度の遊び心も心得ていたが。
「それじゃ、何も考えず香りを楽しむだけにしようかな」
 物分かりのよい応え。人工的な輝きの皮で出来た指の上に顎を乗せて、申し訳程度に薄く色付いた微笑みを見せる。
 本質なのか、隠しているのかと言えばそれは後者であって、その事を明言しているかのように彼が彼女の前でその手袋を外すことはない。同様に彼女も。
 つまり彼らは大方の予想を裏切り、ごく普通の友人なのであった。
「バニラ、麝香ムスク肉桂シナモン、トンカビーン、エリオトロープって感じだね。トップはアルデヒド、ボア・ド・ローズ油、ペラルゴニウム。ミドルに薔薇、鈴蘭、白檀、岩蘭草……かな」
 彼は調香師でなかった筈だが、大した迷いもなく複雑な香の調合を紐解いていく。抱き締めたくなるような香りだね、と言った彼の声音は最後まで同じ調子だった。
 それは関係がない為なのだ、と彼女にも良く分かっていたが。
 鉢の中で綻ぶ紫花の弁がはらりと落ちた。