She is a Lady Witch 4

 深夜の院は静けさで満ちていた。
 しかしこれが本当に夜なのかと言うと、彼女はそれに釈然としないものを感じてしまう。少なくとも遠い昔の御伽噺でしか月星を知らぬ大地と同じではなかった。
 彼女は瞼を閉じソファに身体を埋めた。
 別段、明るいから寝付けないと言うわけでもない。
 就寝推奨時間をとっくに過ぎた談話室は、職務に忠実な青年が寮生たちを追い出し消灯していったままの状態であったから、眼を見開いていても閉じていても大差なかった。
 吐き出した息が闇の中に押し込められていく。他に生きるものの気配と言えば、鉢植えの中の花々だけ。それもこの時間には当然の事だった。
 夜間に寮外へ出ることは禁止されている。更に今週期の寮内監督役を仰せつかった両寮の教室長は、見回り終了後地下への階段にも鍵を掛けた。
 とは言え鍵はその気になれば簡単に開け閉め出来る状態の物であったので、男子・女子寮への夜間の自由移動を制止すると言う目的に則った形でしかないのだけれど。
 だから彼女が此処にいるのは、決して彼らの監査不足ではない。
 何と言っても残念ながら、現在の彼女には夜の私用をこなす為の場所が欠けていた。
 上級生になるまでは相部屋が原則。相方に対してさほど不満はなかったが、自分の時間を過ごす場所が必要だった。
 夜は長い。だからこそ有効に使うべきだ。
 『学生』の本分として日中は勉学に──悟られない程度に──励み、『情報通』として院内の出来事をチェックし、『編集長』として院内情報冊子を作成し、それから……。
 彼女はゆっくりと瞳を開いた。
 不意打ちのように響くノックの音。
 それから扉を開く微かな音がして、談話室はもう一人の規則破りの訪れを受け入れた。
「こんな時間に一人?」
 暗い視界の真ん中にぼんやりと浮かんで揺れたのは、このところ縁が出来た明るい金の髪だった。
 しかし予定ではここに居るのは昏い色が混じった髪の猫だったのだが、どうやら寝床を変えることにしたらしい。そう思い至って彼女は独り言のように呟いた。
「……野良猫は気紛れよね」
 懐かせた自信があったわけでもないけれど。
 そう、飼っている、と言う表現は正しくなかった。紅い瞳の猫は誰のものでもないことを、彼女も、猫自身もよく知っていたのだから。
「今はお姉さんしか見えてないんだけどな」
 金髪を軽く揺らしながら近付いた影が、ともすれば周囲と同化する彼女の髪の一房を指先ですくった。暗さに慣れ始めた視線を向けると、闇の向こうの顔が狡い風に笑った。
 彼のことを言ったのではなかった。それが分からない男とも思えなかったが、彼女が問い質さないのを自分の都合の良い方に解釈したらしい。彼女は半分呆れながら、しかし残りの半分で口元に笑みを乗せて夜の虚空へと手を差し伸べた。
 にゃーお、と嘘臭い猫の鳴き真似が耳を擽った。