手紙をまわしましょうL

 ルクティ教師がその空間に編み出していた現象のイメージを掻き消したので、レイヴは手元のプリントに視線を落とした。
 対空間制御の切り札となるだろう効果──反発効果は、たとえ確固たる一世界であろうとも、次元的には流動的に存在しているその状況に、幾重もの呪圏を敷くことで階層的に少しずつ次元をずらし、ついにはほぼ完全に独立空間として切り離された、自然現象から発見された方法だ。
 一、二段階での空間遮断ならば、理論上は別個人がその空間を再び繋ぎ合わせることも可能だが、ここまで複雑なものになるとその呪圏の構成に組み込んで一枚ずつ薄皮を剥がすようなやり方で解除していかねばならない。その上もしもその呪圏を剥がすと同時に、修復されていくようなことがあれば。
 空間転移によってその場を逃れることは不可能となる。
「──このように、特ε区における反発効果は、問題を孕んでいます」
 問題点、とノートに記入したところで、リートから紙切れを渡された。
 小さく畳まれた紙上に、リートの手によるものらしい人面兎──としか判断できないイラストが描かれている。
 授業中になにをしているのか、と訝しく思って紙を開いてみる。
『今週のさそり座。
 対人運が良好でコミュニケーションはいたってスムーズ。あなたからヘルプを求めれば多くの人が手を差し伸べてくれる。恋の悩みは「おうし座」の友人に相談。実際的な知恵を貸してくれそう。
 エファ(←おうし座)より伝言』
 不覚にも一瞬動きを止めた後、レイヴは手にしたそれを握りつぶした。
 馬鹿は相手にしないに限る、と机に向かい直ると、指名されたリートが狼狽えて答えを求めるようにレイヴの方に視線を投げ掛けた。
 自分で考えないと力にならないぞ、と視線に込めてやろうとした矢先に、手元に紙屑が投げ込まれてくる。発信元は一人しかいないので、どうせ先ほどの答えを聞かせろと寄越したのだろうと検討も付き、レイヴはそれを振り払った。
 ただ机から転がり落ちていって、本当にゴミになってしまったのには、少し良心が痛んだ。
 背後から明らかに憮然としたまなざしを感じるが、それは少し敏感になり過ぎと言うものだろう。授業中に遊んでいる方が悪いのだ。
 現に、リートとイクスは真面目に発言をしている。
 ルクティ教師は熱意に溢れた教師とは言い難いが、円滑な授業を好んでいる。表情こそ変わらないものの、今のイクスの言にも頷いているようだった。
 レイヴもこうした相互方向性の授業は積極的に参加したい。疑問点を聞いてしまおうと手が挙がった。
「ルクティ教師。空間分断とは言え自己が現存する空間は存在するわけです。単一次元において我々が空間制御を行えない理由はなんでしょう」
「それは、空間に干渉する際に」
 ルクティ教師は言いかけて、唐突に手を宙に投げ出した。
 と、その手に白い造形物が生まれる。
「あ、飛行機さん」
 何処か楽しそうなリートの言葉で、あれが紙飛行機であることに気が付いた。そんなものを見るのは何年ぶりだろう。
 ……子供の頃にロアンと飛距離の伸びるデザインを計算したくらいか。
 なんだか昔を思い出して、レイヴは心中にため息を落とした。
「例えば転移ならば、必ず対象が省略する部分の、代替空間を必要とします」
 それは、確かこの前ロアンも言っていたな、と思い起こされて、ふいにレイヴはロアンへのメッセージを思い付いた。
 普段はそんなことをしようと思わないのだが、なんだか紙飛行機に触発されたようだ。
 先に送られていた手紙の余白に、一言。
 レイヴはそれを後ろも見ずに放った。きっと彼なら何処に落ちても取るだろうし、何より必ず届くに違いないと、妙な確信があった。
 次の瞬間、授業の空気を完全に突き崩す場違いな口笛が後ろから発せられた。
「……ロアン。今の例を踏まえて説明を」
「了解」
 ついにルクティ教師がロアンを指し、それに対して陽気に返事をする。
 珍しく相手につき合って子供じみた振る舞いをしてしまった挙げ句、楽しそうな様子のロアンに、レイヴもそんなに悪くない気分だったのは……たぶん気のせいだろう。
 そう思うことにして、レイヴは間もなく授業に没頭した。