手紙をまわしましょうR

 口頭説明の授業が苦手なルクティ教師が頑張っているものだから、ロアンは少しだけ熱心な様子で机に向かってやった。
 とは言え、書き連ねているのは。
 こちらに背中を向けた弟に向かって──授業中なのだから当たり前といえばそうだが、ロアンは文字を連ねる。
 最後にサインを入れてペンを置くと、少し慎重な面もちでそれを折る。
 ルクティ教師が口を開こうと手元の資料に目を落とした隙に、前のリートの背をつつく。振り向いた少年の手に手紙を押し込み宛先と告げると、彼はそれに何かを書き加えているようだった。
「──このように、特ε区における反発効果は、問題を孕んでいます」
 リートは、丁度ルクティ教師が言葉を切ったところで渡してくれた。レイヴがそれを不審そうに眺め、おもむろに開く。
 ちら、と中身を一瞥し、なんと握り潰す。
 それはないだろう、とロアンは机上のペンを掴む。
 何やらリートが立ち上がった影で、手元の余った紙に『なんとか言えよ』と走り書くとそれを直接レイヴの机上に投げ込む。狙い誤らず手元に落ちた。
 よし、と思ったのも束の間。
 気付かなかった訳もないのに、レイヴはそれを払い落とした。
 指で机を軽く叩き、唸りたい気持ちをやり過ごす。いつも通り外でも眺めてれば良かったか、と思って窓の外に視線をやると、綺麗な青空にいろいろな形を取っているように見えなくもない雲が点在している。
 リートなら、これは牛、あれは花、あっちのは飛行機と言いそうだな。
 と、思考が一つのキーワードで止まる。
 思い付いたその単語を繰り返しながら、悪戯な手が配布されたばかりのプリントを弄んだ。あっと言う間に、さほど大きくはないが飛行距離を伸ばせる形の紙飛行機が出来上がる。
 ちら、と教室の様子に気を戻すと、レイヴがなにやら質問をしている。
「──単一次元において我々が空間制御を行えない理由はなんでしょう」
 別次元を引き込むことで空間干渉を可能としているからさ。
 そう教えてやりたくて、ロアンはレイヴの注意を引こうと手にしたそれを放った。
 が。紙飛行機はレイヴに届けられる前に別次元から引き延ばされた構成に絡め取られ、その空間から消し去られる。
 視線を上げると、無表情のまま紙飛行機を掴んでいるルクティ教師の顔に行き合った。
「あ、飛行機さん」
 リートが回収されたそれを見て脳天気な声を上げた。
 イクスがロアンの方を向き、眉を寄せてシグナルを送ってくるので、ロアンは得意の猫めいた笑みを返してやった。
 背を向けたままのレイヴが、溜息を吐くように若干肩を下げた。
「例えば転移ならば」
 ルクティ教師が授業を再開すると、ふいに前から紙切れが投げ込まれた。少し端過ぎる位置に着いて、落ちかけるのをすくい取る。
 開けると、端麗な字で一言だけ。
『馬鹿』
 ひゅぅ、と口笛が吹いて出た。
 素っ気ないと言うより余りに短すぎるそれだが、レイヴから、それも授業中に手紙を貰うという事実が思わずロアンの頬を緩ませた。
「……ロアン。今の例を踏まえて説明を」
 ついにルクティ教師が言い、ロアンはその手紙をポケットに入れながら立ち上がった。
「了解」
 気分が佳いから少し正確なところを話してやろうかと、ロアンは努めて挑戦的な笑みを浮かべた。そうしていないと、本当に愉快な気持ちを出してしまいそうだから。
 なんだか珍しく、子供のような自分の振る舞いに笑い出したくなっていた。
「ようするに。オレたちは世界そのものに干渉する為の方法として、干渉したい世界よりも──」