天の響

22:手紙

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「なんだ!?」
 揺れる床を蹴り、外に飛び出したロイドが見たのは炎だった。村の方々で高く上がっている。マナの血族の家の周辺には燃え移っていないが、火の手と、それに重なる悲鳴は既に村中に渦巻いていた。ただの火事ではない。
 その時、轟、と音が再び世界を震えさせた。音の振動は熱を伴い村の正門からロイドを襲った。思わず駆け出す。風と手を取り合い踊る火の粉が、ロイドの頬を爪先で回りながら通り過ぎていった。
 後ろを追うジーニアスが制止の声を上げたのと、ロイドがあの独特の鎧甲に身を包んだ一団を見付けたのは同時だった。
「ディザイアン!」
 また村を襲いに来たのか。
 怒りに燃え、ロイドは足を速めた。ジーニアスは何度も転びそうになりながらその背に従う。
 門の前の広場に、村人の多くが集まっていた。何人かは村の自警団だ。輪に飛び込み、腰の木刀を抜く。けれどロイドはその時、彼等が戦うために集ったのでない事を知った。
 村人たちの先頭に立った村長が、背を丸め、この状況に酷くそぐわぬ笑みを面頬に浮かべ、一人の男に何度も頭を下げていた。
 相手の男は若かった。一人だけ兜を被ることなく、緑の軌跡を描く毛先を風に遊ばせている。衣装も兵士たちと違い鮮やかな短衣で、手に武器はなく、代わりに左手を筒のような奇妙な金属板で包んでいる。
 その隻眼の冷たい眼差しが人々の頭上をひと撫でした。
「聞け、劣悪種ども」
 響きの良い声だったが温かみは欠片もなく、乾いた空気の上を滑っていった。
「我が名はフォシテス。ディザイアンが五聖刃の一人。優良種たるハーフエルフとして、愚劣な劣悪種どもを培養する人間牧場の主」
 滔々たる語り、その身振りはまるで旅芝居の役者であるようだ。しかし五聖刃といえば、ディザイアンたちの頂点に立つ戦士である。さすがに堂々たる姿勢で、隙がない。
 その横に控える大仰な飾り兜のディザイアンが口を開いた。
「ロイド・アーヴィングを出せ」
 大音声で呼ばれた自分の名に身体が浮かび上がる。だが袖を掴んだジーニアスの手の感触が、ロイドを地面に引き留めた。
「出てこい!」
「出てこい!」
 ディザイアンたちの手にする槍や錫杖が地を叩いた。銅鑼を打ち鳴らすより激しく、大地どころか魂まで揺さぶらん程の激しい轟きを生む。消す者のない炎がその上で踊り狂った。伸ばした舌が葡萄棚をひと撫でし、貪欲な腹に収めていく。
 村長が動転した様子で、なんとか退いて貰えるよう願いを重ねたが、その言葉は口にのぼる端から踏み付けられ掻き消された。
「出て来ぬなら、このまま村を焼き尽くし、あぶり出してくれよう」
 人々の顔が不安の色に染め上げられたのを、ロイドは見た。
 既に多くの家が燃え、食料庫にまで火が移り始めている。放っておけば、これからの季節を越せなくなる。いや、その前に焼き殺されてしまう。
「誰が出て行かないなんて言った!」
 切った啖呵が自身に火を着ける。ロイドは輪の中から飛び出し、己を指した。
「俺だ!」
 村人たちと、包囲したディザイアンたちの双眸が波のような動きで向けられる。それはロイドを中心に処刑場を形作った。最後にフォシテスの、炎より紅い隻眼がロイドを射り、凄まじい威圧感を放った。
 緊張に、誰かが唾を飲み込んだ――と思ったが、それは自分の喉が上下した音だった。
「ロイドよ」
 言葉は視線より更に鋭く、その刃でロイドを貫いた。
「お前は人でありながら不可侵条約を破る罪を犯した。よって、貴様とこの村に制裁を加える!」
 顔は見られていなかった筈なのに!
 強張る表情を意思の力で押し止め、ロイドは口を真一文字に結んだ。
 フォシテスが兵士に指示すると、これが魔法の力なのか、宙に、自分が人間牧場の前でディザイアンに追われている、見覚えのある光景が映し出された。まるで灯籠が回転し映し出す影絵のようだ。
「貴様が培養体F192に接触したことも、既に照会済みだ」
 こうなっては、知らぬ存ぜぬで通すことは出来ないだろう。噛み締めた奥歯が咥内に苦い味を広げる。
「何ということだ」
 腰から崩れ落ちた村長に、応える言葉はない。だがその時、代わって訴える声が上がった。
「契約違反はそっちも同じだろ! 神子の命を狙ったくせに!」
 叫んだのはジーニアスだった。
 微かに震える両の拳を握り、顔色を恐怖で青醒めさせながらも、エルフ族の少年は声変わり前の声を張り上げた。
 しかし動じた風もなく、フォシテスは顎を上げる。
「我々が、神子を?」
 唇許が冷笑の形に歪められた。飾り兜を含めた他のディザイアンたちは、嘲りでふんだんに塗した笑い声すら上げている。
 ロイドの頭に一瞬で血が上った。
「コレットを襲った連中はなんだって言うんだ! 俺は見たんだぞ!」
「劣悪種に語ることは何もない」
 返答は簡潔だった。
「制裁を執行する」
 事態に唖然としていた村人たちは通達に我を取り戻したようだった。否、恐慌に支配されたのかも知れない。即席の処刑場にロイドを残し、我先に出来るだけ遠くへ移動しようとする。腰が持ち上がらなくなったらしい村長も、手を地面につき、這い蹲って足掻いている。もっとも、その先はディザイアンたちか、さもなくば炎が立ち塞がっていたのだけれど。
 混乱の中、フォシテスは手を広げ、門を指した。
「見よ、貴様の罪に相応しい相手を用意した!」