天の響

04:聖堂

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 聖堂の中は思いのほか広く、天井が高かった。イセリアにあるどのような建物とも違う。石造りかと思ったがロイドは直ぐにそれも誤りだと気付いた。聖堂の中には窓も灯火もなく、それなのに仄かな明かりが発せられ視界に不自由はない。ただの石でないのは確かだった。但し、それが結局何なのかと言うと、ロイドには到底分からなかったが。
 惚けて辺りを見回しているロイドとジーニアスを置いて、クラトスが先行した。唯一聖堂の中を知っているコレットが走り寄って道を示している。小走りの軽いものと重いものと、二通りの硬質の音がよく響く。
 だがその歩みは比較的早く止まった。
「塞がれているな」
 真っ直ぐに階段を上がった先には優美な彫刻が施された頑丈そうな扉があった。青く輝く光が表面を覆っている。不思議な形だが、開けられない事もないだろう。指先の器用なロイドにとって扉を開ける程度は容易い。もっともこの特技の為に、村で盗難があった際に疑われた記憶はあるが──何の事はない、犯人は持ち主自身が置き場所を変えた事を失念した為で、今では笑い話に出来る思い出だ。
「開けてやるよ」
 これで役に立つところを見せられる。そんな得意な気持ちが沸き上がる事は隠せず、ロイドはにっと笑むと前に出て右手を伸ばした。
 その時、警告もなしにその肩が強く引かれた。
 前へ進む意志と反対の方向へ突然発生した力に身体は翻弄され、危うく尻餅を着きかける。二、三歩後退し多々良を踏んで、それからロイドは自分の肩を掴む手を見た。
 置かれているのは、大きくて強い、人間の男の手だ。
「結界だ。迂闊に触れるな」
 同時にもう一方の手が、爪先で何かを弾いたのが見えた。勢いを付けて飛び出したそれは前を遮る青い光にぶつかり、瞬間、光が翻った。ロイドの眼にはそう見えた。
 弾き返されたのだ。
 遅れてぎぃんと言う何かが撓む音が響いて、見開いた視界一杯に──。
 背筋を冷たい物が通り過ぎた。危うい所でクラトスの手がロイドの視界を奪う形で前に出て、彼自身が飛ばし、跳ね返されたものを受け止めていた。だがその際に生じた破裂音に近い音が、震動として未だ耳に残っている。
 クラトスが手首を返して落としたのは、小指の爪ほどの大きさの小石だった。
「分かったか」
 鋲を打った手袋に包まれたその手が離れていくのを、ロイドは瞬きも出来ず見守り、それからはっとして身体ごと向き直った。
 些か乱暴な説明のお陰で、ここが通れない事は理解したが。
「じゃあどうすんだよ」
 問うと、クラトスは答えを知っているだろう少女に視線を転じた。
「多分ソーサラーリングで開けるんだよ」
 聖堂内に安置されているの、と言うコレットの言葉に反応を示したのはジーニアスの方だった。大きな瞳に輝きが灯る。
「ソーサラーリング! マーテル教会の聖具なんでしょ!」
 年下の親友のはしゃぎように、ロイドは分からないながら漠然とそれが凄い物なのだ、と感じた。そう思うと我ながら現金なもので、先の恐怖も──完全に、とはいかなかったが薄れ、新しい話題への興味が沸き上がる。
 早く取りに行って、それを見てみたい。
「どこにあるの?」
 ジーニアスの問い掛けは丁度良いタイミングだと思った。だが。
「えと……分かんない」
 両手を胸の前で結び、コレットが項垂れた。彼女とて聖堂の中を熟知している訳でない。
 聖堂で神託を受ける。単純にそうとしか考えていなかったロイドは、事態が思いの外面倒である事にようやく気付き、ちぇ、と悪態を付いた。
「……わかった。探すよ」
 思わず口が尖ったのを、コレットは自分の責任だと思ったらしい。
「……ごめんね」
 力無く零された謝罪につまらない怒りは払拭され、代わって申し訳ない気持ちが広がった。少し気が苛立っていたのを、新しい話題で解消出来るかと勝手に期待して、結局八つ当たりしてしまった。
「俺の方こそ、ごめん」
「ううん」
 一瞬で、花が咲いたように彼女は笑う。
 微笑みが戻ったコレットを、神子、と低い声が呼び、コレットは直ぐにそちらに振り返って駆け寄った。
 そうか、彼女は神子なのだ。頭では理解していたが、茫洋としたところを否めない親しい少女と、世界を救うと言うその称号は何処か不釣り合いに感じた。別段、コレットを信頼していない訳でない。芯の強い彼女ならば、再生の旅とやらもきっと気丈にこなすだろう。けれど──何故コレットが天使になることで世界が救われるのだろう。そもそも天使とは何だ?
 不意にジーニアスがわざとらしく──それくらいはロイドにも分かる──肩を竦めた。
「振られちゃったね、ロイド」
 言われて、ロイドは改めて二人に眼をやった。
 金髪の少女を伴って歩く男はかなりの長身で、当然のように足も長い。ロイドならば持て余しそうだ。癪に障るが剣の腕が立ち、冷静だ。その時コレットが何か話し掛け、クラトスがそちらに顔を向けた。心持ち、自分に対する時より応対が柔らかいような気もする。改めて見ると年齢は二十代か、精々三十歳と言うところだろう。雰囲気のせいでそれより老成して見えるが、早くに母親を亡くし、父親に懐いているコレットにとっては或いは……いや、そもそも問題はそう言う事でないだろう。
 下らない事に考えを巡らせてしまった事が恥ずかしくて、ロイドはジーニアスの頭を小突いた。