天の響

夫婦好き10のお題

その手で殺めて

 想像していた総ては役に立たなかった。
 長く暗い誕生の旅を終えた小さな生命が、母の柔らかな温もりに頬を擦り寄せて眠っていた。その光景に対して出るべき言葉はけれどひとつとして唇から先に出ていかず、身体は機械よりも固く、言うことを聞かなくなった。
 自分の命が続いていく。その事実にクラトスの脳は殴り付けられたような衝撃で揺れた。
 個として生きるのでなく、種として。自分達同志の誰も成し得なかった事を、今、彼女が体現してくれた。
 促され、抱き上げたのは生まれ落ちたばかりの命。彼女と自分の。
 そしてクラトスは思う。
 この手は多くを殺め、壊してばかりきたけれど、きっと、何かを成すことも出来る。
 傍らには彼女が在るのだから。

2004/11/16 初出