激昂の時が過ぎると、ミトスは考えを変えたようだった。少なくとも表面的には。
「どちらにせよ、クラトスは帰ってくるしかないんだ」
だって人間は僕たちほど長く生きられないから。
それはマーテルの器としてかの種族を選んだ理由でもあった。
五十年もすれば気が変わるよ、と少年があげた歳月は、成程悠久を生きる天使からすれば気紛れで済む程度。裏切りに過敏な彼の神経でも保つと言うことか。
しかし裏切った側の覚悟は、その程度のものだろうか。
違う、とユアンは思った。
少なくとも自分は違う。すでに数百年、そしてこれから数千年かけようとも、理想を喪った計画には反対する。それが何より壊れやすい硝子細工のような少年の心に刃を突き立てる所業だろうと。
同志と呼べる男であったからには、クラトスも同じ覚悟だろう。
気付いていないのはミトスだけ。
それは哀れむ事だったが、同時に都合の良いことでもあったので、ユアンは口を噤む事にした。
だが。
「……子供?」
やがて二つ目の事実を知ったミトスの表情は。
「クラトスは……もしかして、家族の方が大事かな」
少年の名を呼ぼうとして、ユアンはそれに失敗した。
狂った笑みが口の端に浮かんでいる。
苦しい想いだけが嗚呼と漏れた。
利己的な人間たちの手によってマーテルが喪われた、それを再現しようと言うのか。同じ苦しみを与えるのか。
それは何よりもひどい裏切りになる。クラトスの奥底に残っている筈の盟主への信頼にも、過去他者を思いやる温かな気持ちを持っていた少年自身に対しても。
仮にそうまでしてクラトスを取り戻したとしても、それは最早かつてと違うものでしかない事に、やはりミトスだけが気付いていない。
そして──
己の身の為、それを止める事が出来ない自分こそ、確かに裏切り者だった。