天の響

ユアン好きに10のお題

狭間の者

 無骨な手がその厚い皮を剥いた瞬間、瑞々しい果肉は弾け、特有の甘い香りが辺りに漂った。傍らのミトスが思わず唾を飲み込む。
 天然物でこそないが、このマナが枯渇した世界では稀少な果物。
 それを一行にもたらした人間の騎士は、存外丁寧なやりかたでそれを一房ずつに分けていく。
 当初、果実上部が突出した奇怪な形に手を出しかねていたハーフエルフ達だったが、顕わにされた果肉の魅力には感嘆するしかなかった。そもそも果物は疎か、生で食べられる食料等何時振りだったか。
 野生動物の警戒を解こうと言うような仕草で、まずクラトスが咀嚼してみせた。続いてミトスが大きく開けた口の中に入れる。飲み込んだ喉が動いたかと思うと、少年は喜色を浮かべ、彼の姉も後を追った。光り輝くような果汁が零れるのすら惜しんで、密かに白い指先を舐める。
 生来女子供は果物を好むものだと言うが、二人は余程それを気に入ったらしい。クラトスに促され、最後まで我を張っていたユアンが漸く手を出した時には、あと一切れを残すのみだった。
 皆に倣い手掴みで摘み上げた柑橘果実に口を寄せ、一口、そしてそのまま誘われるように二口目で頬張る。柔らかい果肉は滴る果汁と共に乾いた喉を潤し、咥内に微かな酸味を内包した爽やかな甘さを広げていく。
 嗚呼、うまい。
 世界の染み込んだ大地のマナが生んだ優しい味だ。
 ハーフエルフ達が静かな幸せに酔う中、クラトスは不格好な皮だけになったその果実を指し、言った。
「ある果物同士の掛け合わせで生まれたものだ。悪くなかろう?」
 ――嫌な男だと思いながら、けれど否定はせずにユアンは薄金色に染まった指先を見つめた。

2004/04/15 初出