天の響

日誌再録小話群

水鏡ユミル

「彼処まで泳いでいけば問題ないと思うが」
 澄んだ湖上の上に浮かぶ熟れた果実を指し示し、クラトスは何を躊躇っているのかと首を傾げた。だが少年ははっきりと首を振り否定する。
「駄目だよ。あの魚は肉食で凶暴なんだ。危険すぎる」
 穏やかな湖で、其処だけ剣呑な空気が漂う黒い魚たち。その鋭い歯に食い付かれる事を考えると、さすがのクラトスも背筋が凍る。ましてや水中は彼らの領域だ。
 と、相変わらず色々と辺りを探っていたらしいユアンが不意に歓声をあげた。
「おおっ、猪が来たぞ」
 凄いわユアン──等と惚けた事を言っている恋人たちに頭痛を覚えながら、クラトスは一行を守る為に剣を抜き払った。血走った目で真っ直ぐに走ってくる巨体の急所目掛け、白刃を一閃させる。
 斬。
 殺しきれなかった勢いが身体に負荷を掛け、吹き出した血がクラトスの白い服を汚した。だが、みな無事だ……。
 途端、頭を叩かれた。
「何をするクラトス! これは果実を取る為に呼び寄せたんだぞ!」
 憤然と言うのが相応しい表情のユアンに言われ、クラトスは理不尽さを覚えずにいられなかった。
「猪で水上の果実をどうすると言うのだ……」

2004/01/17 初出