天の響

日誌再録小話群

楽園(ネタ提供・佐々木良さん)

 目指していた世界は、実のところそんなに大層なものでない。
 無辜の民が不当な暴力や餓えで死ぬ事のない世界──ただ、それだけ。それだけの事が守られる世界で良かった。それが何より難しい時代だった。
 やがて目指す形に、差別のない、と言う言葉が加わる事になった所以は、今更語る迄もない。
 そうして永く夢見た、理想の世界。それが今、クラトスの目の前にあった――思い描いていた姿とは余りに乖離した形で。
 天の都ヴェントヘイム。
 この美しい世界に暴力はない。餓えて死ぬ子供も狭間の者への差別も存在はしない。
 けれど代わりに、意志を持たぬ無機の天使は、その暮らしの中に喜びも、怒りも、哀しみも、愛も生み出しはしなかった。
 これを楽園と呼ぶのか。
 堕ちた勇者たちが作り上げた虚構の世界を。

 どれほど優しくない地上でも、歪んだ楽園ほど悪くはなかったと言うのに。

2008/10/09 初出