天の響

日誌再録小話群

しのぶもの(ドラマCD3巻準拠)

「確かに、これはウチのキリエだ」
 死相を覗いた女は認めた。その右手が最早動かぬ身体の視界を閉ざし、眠る死者の手に、懐から取り出した1ガルド硬貨を滑り込ませる。
「許されるならば、ミズホの流儀で埋葬してやりたい」
 硬い声に、ゼロスは気のない調子で肯う。直ぐに感謝の言葉が返された。
 里を裏切った忍びに、果たして墓は与えられるのだろうか。不思議に思ったが、彼はこの女の性格を良く知っている。恐らく本人以上に。従者達の眼がなければ、冥土へと旅だった人の身を抱いて泣いてもいただろう。そんな姿が容易く想像出来た。
 死人は当の女を、ミズホそのものをこそ裏切ったと言うのに。
「あたしには、頭領として我が身の未熟さを詫び、神子と王家への責任を取る心構えがある」
 死せる忍びは、神子の命を狙い王家へ反逆した罪人だ。それがミズホと言う民の総意でない事は分かっていても、示しは必要である。
「あー、それね」
 しかし。
「陛下はシルヴァラントとの重要な架け橋を失いたくないと仰せだ」
 忍びが、みな冷酷無慈悲である必要はない。ミズホが必ずしも一枚岩である必要もない。ゼロスは密かに思う。そして女自身のように情感豊かな頭領が在ったとしても、きっとそれは良いのだ。
「だけど!」
「一つの失策はその倍の成果で取り返せや」
 テセアラにはそれを許す余裕がある。
「大体、新米頭領が末端の仕事まで全部面倒見切れるとは思ってねっつーの」
 先の頭領は後見として里に在り、女の配下には新しいミズホの形を模索する若い忍びたちが在る。世界各地に散らばり縁を広げる同じ志の仲間が在る。女は一人でない。
 伝説の勇者ミトスですら完璧でなかった。ならば一人がすべての責任を持つなど出来よう筈もない。出来ないことを恥じる必要もない。
 ゼロスはそう思い、語り、最後に笑った。
「そんな完璧な人間はオレ様くらいだからなぁ。でひゃひゃ」
「笑い声が下品なんだよっ、このアホ神子!」
 途端、女が常と変わらぬ凄まじい勢いの張り手をかましたので、麗しい繁栄世界の神子の頬には暫し、その髪ほどに赤い手形が残ったと言う。

2004/10/10 初出