冷えた土の感触で目が覚めた。
重い瞼を持ち上げると、闇の中で仄暗い月が揺れていた。
記憶を取り戻すのに時間は必要なかった。
「……莫迦どもめ」
嗤った拍子に、頭部が痛み眩暈がして吐き気が込み上げてくる。爽快さとは程遠い。だが、ユアンは衝動に任せ笑い声さえ上げてみせた。それを抑制するものはなにもない。数時間前まで彼を拘束していた魔科学研究所は、今や高い塀のあちら側にある。
彼は自由だった。
魔科学研究所と言う名の檻に閉じ込められた彼等、思考する家畜は、マナを人間でも使える兵器に転用する仕事に従事させられる。だが辛い仕事に反し、与えられる食事は一日一回、ほとんど中身のない水粥だけだ。皆、飢えていた。ユアンと共に捕まえられた同族の内、半数が研究への従事を拒否して殺され、残りの半数は栄養失調のため動けなくなり、殺された。
ユアンが無謀な脱走に乗ったのは、若者らしい短絡さで、どちらにせよ死ぬならば人間共の鼻を明かしてやろうと決意したからだ。成功すると信じていたわけではない。だから塀の頂上で兵士に見付かった時は、これですべてが終わりだと覚悟した──はずだった。
雷銃に撃たれ、塀から落下した彼を兵士は死んだと勘違いしたのだ。
なんと言う愚かさ! そしてその愚かさに救われた己の、なんと幸運で惨めなことか。
水を含んだ土が指先に触れる。天の涙雨か、地に伏した同族の血の池か、定かでない。
──宙は遠い。あの彼方に魂の故郷があるのだろうか。最早永久に思考する事がない同族たちの、還るべき星が。
祈る言葉を持たぬ彼は、ただ口を噤み、その場から立ち去った。