石は、碧い光を零しながら柔らかな草の上に転がった。
そして少年は、背を向け世界を拒絶したまま泣いているようだった。その頬に涙はなくとも。
男の中に少年を慰めるための言葉はない。少年を取り巻く世界が美しくも優しくもない原因は、彼にあるのだから。
石の加護なき少年は無力な子供である。
その理を説いてなお石を捨てると言うならば、少年はもはや理不尽な世界に諾々と従う人型のひとつに過ぎなくなる。十数年の空白を経て、再び見つけたと思った希望は、陽の名残を宿す月に過ぎなかったのか。
――胸に空いた虚は、けれど失望と呼べない。それは少年を苦しませる世界の一翼たる自身への慟哭だった。
石は、少年の母親でもある。たとえその力を必要とせずとも、母親の形見、彼女の想いを宿す写し身である石を、少年は捨てるべきでなかった。理でなく、その情をもって語りかければ良かったのかもしれない。
だが、男は黙したまま踵を返した。
少年の母親を語る資格が自身にあろうか。彼には到底見出せない。
ならばこれも逃避に過ぎない。少年が、石とそこから繋がる醜い世界を拒絶したように、男もまた、少年へ告げるべき言葉を自ら封印して遠離っているのだ。
硬く握り締めた掌の中で、その時石が身じろいだ。一人立ち止まり、指を開けば石は碧く清浄な光を放つ。その光は、男の知る今は亡き人のマナを思い起こさせた。
微笑む面影がふとよぎる。
瞬間、空白の時を経て蘇る懐かしい記憶が、胸奥にあった虚ろを温かく満たしていく。その人は、一度項垂れても、再び立ち上がる人であった。少年がその血を引く子であるならば、きっと立ち上がるのだろう。男に出来ることは今は秘石を預かり、彼の希望が再び光を放つ時を待つことである。
聞こえるはずのない、優しい声がその決断を肯定してくれる。
そしてクラトスは石を口元に寄せ、封印していた名をひとつ、囁いた。