その日、岬の砦に立ち寄ったリヒターは、デクスと顔を合わせると、珍しいことに自身から声を掛けた。
「これを入口で預かった」
差し出したのは、両手に丁度収まる程度の小包である。
「お、わるかったな!」
だが、伸ばしたデクスの手は宙を掻いた。指先が届くよりも早く、小包はリヒターの頭上にまで持ち上げられていたためだ。
「渡す前に、話がある」
リヒターが会話を楽しむような性格の持ち主でない事は、デクスも分かっているのだろう。目を見張り、大袈裟な仕草で蹌踉めいたと思うと、真っ直ぐに立てた指でリヒターを指した。
「俺の完璧な強さに嫉妬か!」
「違う」
果たしてどのような情報が彼の思考回路内で繋がって、その結論を導き出したのか、研究対象としては興味深いことだった。
「ここは秘密裏に築いた拠点のはずだな」
デクスが頷くのを確認すると、リヒターは小包に記された宛名をなぞりながら読み上げた。
【テセアラ領XX−X 岬の砦 シルヴァラント解放戦線ヴァンガード工作班 デクス様】
読み上げている内に自身が抑えられなくなり、リヒターは思わず小包をデクスに向かって振り下ろした。
「この砦を、我々が使用していると明かしてどうする!」
運搬人から「ヴァンガードの方ですか」と声を掛けられた瞬間の衝撃は、思わずタイダルウェイブを撃ちかねない程だった。
「なんだリヒター、知らないのか」
しかし、ようやく手に入れた小包を抱き締め、デクスは不敵に微笑んだ。
「レザレノ通販は顧客情報を保護する旨をプライバシーポリシーに掲げてるんだ」
但しテセアラ王家から要請があった場合はその限りでない、と言う一文があることを、恐らく彼は知らないのだろう。無論、反テセアラを掲げるヴァンガードは、世界統合を妨げる敵として王室から危険分子視されている。
もっとも、この男にはヴァンガードと言う組織の一員である自覚がないのだろう。吐き出した溜め息と共に、続く言葉は消えていった。
だが、言うべき事はもう一つある。
リヒターは右手を差し伸べた。
「7650ガルドだ」
レザレノ通販は代引きであった。
手持ちがあるかな、と呟きながらデクスが取り出した財布は、言葉と裏腹に酷く膨れている。デクスはそれを思い切り良く逆さにしてみせた。途端降り注がれた硬貨の多さに、慌てて左手も添え、手の中を覗き込んだリヒターは絶句した。
「1ガルド硬貨ばかりのようだが……」
「ああ」
空になった財布を振りながら、デクスは頷いた。
「造花は10本で1ガルドになるんだ。割が良いのは傘張りなんだが、これはあまり大量に作る口がなくてなぁ」
内職!
リヒターは思わず両手を握り、1ガルド硬貨の山を取り落とした。床に軽い金属音が重なる。
以前から、デクスが購入する商品の多さに、工作班の経費を使い込んでいるのではないかと疑念を抱いていたリヒターだが、疑っていた己を恥じたくなる真実であった。
取り落とした硬貨を拾い集めると、リヒターはそれを元通りデクスの財布に戻してやった。
「金は……良い」