天の響

日誌再録小話群

騎士と勇者と赤いアレ

「あ、ごめん……腐っていたみたい」
 俯きがちに微笑った少年に対し、クラトスは応える言葉を躊躇った。
 貯蔵の間に起きた変化ではありえない。ここ数日の冷え込みは激しかったし、なにより今手元にある食材は一昨日買い出して得たばかりなのだ。
 薄皮に包まれた赤い身は弾けるほど熟れ過ぎ、滴る汁はすえた臭いを放つ。
 如何に不作続きだと言え、人相手ならば売り物にならないそれ。この手に渡ってきたのは少年がハーフエルフだったからに他ならない。
 どの店でこんなものを押し付けられたのか、問い詰めたい気持ちに駆られたが、少年はきっと黙するだろう。
 そう言う生き方が身に付いている少年だ。
「捨ててくる」
 腐った食材を与える店も、それを甘んじて受ける少年も腹立たしく、クラトスはそれを掴んだ。だが――
 あ、と制止の声があがる。
「ううん、勿体ないから、ボク食べるよ……」
 熱を通せば平気だと教え諭すように囁き、少年の手が食材を取り戻そうと添えられる。肉付きの薄い骨ばかり目立つ指だった。けれどその指を振り解く事もクラトスには出来なかった。ただ、出来ることと言えば。
 その日のペスカトーレは、堪えた涙と食い縛った血の気配が滲んでいた。

2004/05/01 初出