切っ先をぴたりと宙で止め、少年は若々しい歓声を上げた。続いてその力を誇示するように、大きく円を描いて剣を鞘に戻す。
「勇者伝説のミトスみたいだろ」
剣の腕こそ上げたが、物語の勇者に例えるとはまだまだ子供らしい自慢だった。先程のポーズも、或いは絵本で見た勇者を模していたのか。もっとも勇者は双剣を扱っていなかっただろうが。
それに猜疑的な声音で応えたのはエルフの血に連なる少年だった。
「えー、ロイドがぁ?」
些か無遠慮な調子で友人を値踏みし、彼は言葉を続ける。
「勇者ミトスって言ったら勇気と知恵を備えた大剣豪だよ。ロイドじゃあちょっとね……」
「なんだよ!」
頬を朱で染め憤慨した様子を見せたロイドは、しかしさほど本気でと言う事もないのだろう。強く賢い勇者ミトスは、ろくな娯楽物語も知らぬ子供達にとって最大の英雄だ。
少年達の騒々しいやりとりから、クラトスは意図的に意識を逸らした。
だが。
「そーだなぁ、クラトスさんみたいな感じかな」
挙げられた自身の名に、また引き戻される。
「……私か」
「そう! 落ち着いてるし強いしさ。それに勇者ミトスの死を女神さまが嘆いたって言うんだから、もしかしたら二人は恋人同士だったのかも――」
勢い込んで言う辺り、勇者ミトスに心酔しているのは何もロイドだけでなかったのだと思い至る。
それから、緩やかであったが確かな否定の言葉が口に上ったのは、仕方ない事だった。
「いや、やはり私よりロイドの方がミトスに近いだろう」
世界を変える力と言うものは、存外彼らのような幼い純真な心に宿るものだから。