天の響

ミトス・ユグドラシル14のお題

姉さま

 何もかも足りない貧窮に喘ぐ日々の中で、眩い日差しだけは惜しげもなく射し込まれてくる。荷など数える程しかない空虚な室内が、隅々まで明かりで満たされた。
「姉さま」
 見上げた光いっぱいの視界の中で、マーテルが微笑んでいる。
 光と共に充満する倖せな気持ちで胸を浸しながら、ミトスはもう一度、彼女を呼ぶため、自分だけに与えられた唯ひとつの呼び名を口にした。
「姉さま」
「どうしたの、ミトス」
 応えるマーテルの声は何時だって優しい。瑞々しい果実のように甘く、風のように軽やかに。
「今日は甘えん坊さんね」
 そう言った優しい笑顔が光に滲む。
「姉さま……」
 口から零れ落ちたマーテルへの呼び名が、大気に溶けて消えていった。
 倖せなのに、何故こんなに何かが足りないんだろう。

2004/08/07 初出