頼りない木屑が小さな火の中に足されるのを、彼はぼんやりと眺めていた。
水面に浮かべた玩具の舟のように、視界が揺れ動く。覗き込む彼女は、淡く放たれるマナと相俟って萌葱色の幻に見えた。
馬鹿だな、と彼が呟いた言葉の殆どは形を取らず、そのくせ喉の奥から漏れる空気は必要以上に騒音を立てる。案ずる言葉が頭上に零され、冷たい指先が頬に貼り付いた髪の一筋を除けた。触れた部位に驚いた熱が一瞬弾け飛ぶ。表情が和らぐのが分かったのだろう。彼女はその手を彼の額に乗せた。
熱を奪うその冷たい手からは、おかしなことに温もりが伝わるようだった。
紙のように薄い木片は炎を纏って踊る。
乏しい藁を敷いた床に柔らかさなど望むべくもなく、けれど精神だけは独りでない安心感に溶かされていく。
物を考える家畜だったあの頃は勿論、同胞の集落へ逃げ延びてからも、病の見舞いなど受けた経験はなかった。だからと言ってそれを恨んだ事はない。皆、自分が生きる事で手一杯なのだ。彼自身も。
彼女も放っておけば良いのに、お人好しめ。
動かした唇はやはり言葉を紡がず、苦しい呼吸を吐き出した。途端、彼女の表情が曇る。
反射的に、もう一度彼は口を動かしていた。
――そんな顔をしないでくれ、君は微笑んでいる方が――
続きを嚥下する。今、何を言おうとしていたのかと自答しつつ、己の声なき事を彼は密かに感謝した。
また、暖が消えかけている。早く消えてしまえば良いのだと彼は思う。そうすれば奥底を溶かすこの手を、遠ざけることが出来る。