背にした扉は硬い振動に震え、彼の呼び掛けを通した。
「マーテル」
応えようとしたマーテルの口は、けれど乗せるべき言葉を見出す事が出来ずに終わった。呼吸ばかりが部屋の中に積み上げられていく。
「泣いているのか?」
マーテルは息をつめた。
「どうして?」
問いに紛れ息苦しさを吐き出す。
代わりに言葉に悩んだのは彼の方であるようだった。扉の向こうの気配は微動だにせず、やがて静かな声が言った。
「……雨が降っている」
持ち上げた視線の先で、涙雨が窓硝子に身を打ち付けた。青褪めた水のマナが弾け飛び、虚空を染めていく。
凍えずにいられるのは、背から伝わり溶け合う温もりの為か。
「そう……」
長い息がひとつ、唇を通って出ていった。