天の響

ユアマー15のお題

ありがとう

 彼女があまり綺麗に笑うものだから、何時だってユアンは何と返せば良いのか分からなくなる。
 何処か気忙しい舟上の時間が過ぎ、ユアンは揺れない大地を踏み締めた。正規の渡しを使えたのは、最近一行に加わった人間の御陰だ。その手配を整えた騎士にも彼女は礼を言ったが、そう言えば奴はなんと応えたのだったか。
 この頃漸く自然に出るようになった彼の左手に掴まり、マーテルが桟橋へ足を乗せる。引き上げられる直前、彼女があの言葉を口にしたその時、打ち寄せる波に舟が揺らいだ。
 傾いだ上体を支えたのは、此処まで櫂を漕いできた舟乗りの手だった。陽に焼けた腕が彼女をユアンの腕へ押し上げる。
 マーテルが頬を緩め、ユアンへ与えたのと同じ謝辞を唇に乗せれば、男は照れたように笑った。彼とて乗せていた客がハーフエルフと知れば、きっとその顔を歪めるに違いないのだけれど。
「どういたしまして」
 成程、そう応えれば良かったのだ。

2004/11/22 初出