天の響

ユアマー15のお題

契り

 その日の朝早く、マーテルが小麦の穂を分けて貰って来た。
 金色に輝く実りを一心に挽く。重ねた石の合間からほろほろと滑り落ちる粒を、拾い集めてはまた細腕を動かす。そうして漸く出来た小さな粉の山に一摘みの塩を零し、ひとつにまとめた。
 小さな声で主の名を唄いながら、生地を練る。
 エルフの風習ではない。それは私の郷里の、懐かしいしきたりだ。古い神の名に拠り、男と女が豊穣の恵みを共にする。彼女は何処でそれを知ったのだろう。少なくとも男の入れ知恵ではあるまい。あれは神を信じぬ男である。
 視線がかち合い、私がそれを理解している事を知ると、彼女は頬を染め、幸せとはにかみが溶け合う笑みを浮かべた。
 竈で熱を浴び始めた麦が、香ばしい匂いを漂わせ始めた。
 誘われ姿を現した仲間たちが席に着き、乏しいが温かい糧が行き渡る。こんな食事を幾度重ねただろう。だがこれは特別な日。マーテルの心を秘めた朝餉だ。
 司祭は呼べぬ。大樹は朽ちた。精霊は人の世に関与しない。神とて御座すか否か、最早分からない。ならばこのクラトス・アウリオンが見届け人となろう。
 私は焼き上がったばかりの菓子を砕き、それを分けた。
 さあ、特と味わうが良い。それは彼女がお前の為に用意した契りの証だ。

2004/11/04 初出