天の響

クルシス20題

カーラーン大戦

 賢明なる条約は破られ、愚かしい大戦が三度目の幕を上げた。そしてエルフ族は人との間に生まれた狭間の者たちを放逐した。
 何故、自分たちが追い出されねばならなかったのか。ミトスは疑問に思う。それは彼が未だ子供だから分からないのだろうか。けれど彼にも分かることがある。それは、大戦さえなければあの森の中の里に留まれたのだろうと言うこと。
「姉さま……ヘイムダールに帰りたい?」
 問われた姉は、明確な答えを返すことなく寂しく微笑んだ。
 ハーフエルフは、誰もが自分の帰る場所を求めている。古里に帰れるものならば、帰りたいに決まっていた。
 姉さえ居れば其処が自分の居場所で良い、と思っているミトスでも思い出す事がある。エルフは冷たかったが、森はミトスに優しかった。姉は、今のように寂しげなものでなく、もっと確かな笑みを浮かべていたような気がする。
 あの場所で姉と共に過ごせた季節は、甘美な夢のようだった。今は、覚めてしまったけれど。
「そうだ、帰ろう。姉さま」
 啓示が脳裏に走り、ミトスは決断した。
 来るかどうかも分からない何時か、そんな時への期待を抱いて待つのは止める。実際、状況はヘイムダールから遠離るばかり。この足で立ち上がり、姉と二人微笑み合えるあの場所へ帰るのだ。
 大戦を終わらせれば帰れるよ、と笑んだ弟に、姉はもう一度寂しく微笑んだ。

2003/12/16 初出