天の響

クルシス20題

微笑

「何故そんなに笑っていられるのだ」
 騎士の問いに、彼女はゆるゆると首を振った。
 或いは非常識に見えるのかも知れない。ほんの数時間前、処刑される同胞を目の前にして救うことも出来ず、命辛々逃げ出してきたところなのだ。
 人一倍正義感と責任感が強い弟は、落ち込んで泣き寝入ってしまった。愛しい友人はどうしようもない激情から彼女の身体を強く抱いた後、自身への苛立ちを消せないまま見回りと称して消えてしまった。そして残された彼女は。
「私が泣いてしまっては、ミトスたちが泣けなくなってしまうでしょう?」
 誰よりも優しくて強い人たちだから。だから、彼女が浮かべるのは微笑み。

2003/12/09 初出