天の響

クルシス20題

動物愛護

 進化し続ける生命体プロトゾーン。その生き残りであるらしい獣の柔らかな首筋に頬を寄せ、ミトスは息を吐いた。すると穏やかな瞳が伺い覗き込んでくる。
 不思議だった。
 この生き物の同胞は、人間たちの大戦に駆り出され命を散らされたのだと聞く。大地に生まれたものの中でも特に古い知的生命を、愚かなる人間は如何にして使役したのだろう。
「ノイシュはこんなに大人しくて賢いのにね」
 知恵足らぬ獣のように無闇に恐れる事も、攻撃する事もない種族だと言うのに。
 漏れた呟きに応えを返したのは、やはりユアンだった。
「だからこそ、人間が付け入る隙があったのだ」
 静かに視線が集まる。その中の一つ、深い鳶色の視線を真っ直ぐ見返して、彼は言葉を続けた。
「人の世界に、ある植物がある。見た目はマナリーフに似ているが、毒を孕んだ草だ。これをプロトゾーンに喰ませる」
 毒、と言う言葉にマーテルが顔を顰めた。
 マナリーフと言えば古里のエルフ族に連なる者ならば常識と言っても良い、マナを養分に成長する奇跡の草だ。或いはプロトゾーンも、知っているかも知れない。
「思考力が低下し、空に浮くような奇妙な心地よさを感じる毒が脳に入り込む」
 霊草と思い口にしてしまう、その知識が徒になる。
「その状態でプロトゾーンを戦地に連れて行き、口から草を引き抜く」
 ミトスは思わずノイシュの口元に眼を向けた。桃色の舌を出したまま、静かに呼吸を繰り返している。
「我を失ったまま夢から叩き起こされたプロトゾーンは暴走し、目の前の敵軍うごくものに襲いかかると言う寸法だ」
 たかが獣と侮る事は出来ない。例えば今のノイシュと同じ、地を駆けるアーシスの形態をとったプロトゾーンは、必要さえあればその走りだけで木々を薙ぎ倒す事も出来るのだ。更にその先の形態となれば、恐ろしい効果を生むだろう。想像するだけで凄惨なものが浮かび上がる。
 そしてユアンは、言った。
「その背に乗っていたのが、そもそもの騎士だと聞くな」
 無論、それは未だ大戦が始まったばかりの頃の話なのだが。
 視線を落とした鳶色の男に、ノイシュが甘えて鼻面を押し付けた。

2003/12/12 初出