天の響

ゼロスファンに30のお題

料理 A

「神子はなかなか筋が良い」
 一行の食の師となることを自らに厳命したらしい趣味人が評を下す。ゼロスは両眼に異なる強さの光を宿した。
「ブライアン公爵にお褒め頂けるとは実に光栄。レザレノの料理人くらいにはして頂けるかな」
 旅が終わったら、俺さま、神子じゃなくなるらしいしな。手に職つけるのも良いんじゃねぇ?
 そう嘯けば、リーガルが軽く頷く。
「我が社でも是非検討させて頂こう」
 これは戯れだ。
 物の在り方とはそう簡単に変わるものでなく、仮に彼が望んだとて、身にそぐわぬ仕事は市井が許さぬ。
 これを聞いたのが子供たちならば、あの器用な少年が厨房を作り、料理に一言あるらしいお子様がレシピを、同じ血に縛られた少女は――そこは味見役でも買って出て、履行させようとお膳立てするに違いないけれど。
 自嘲と言うほど憫然たる色がない彼の笑みに、リーガルもまた頬を緩め、自前の包丁を手に立ち上がった。
「では、旅の間、調理師免許取得に向けて特訓といくか」
「……いや、ジョーダンですから」
 諧謔で味付けた言葉を解す人間はこの場にないのかと、ゼロスは机に伏した。

2005/02/19 初出

料理 B

 本日の味見役を承った少女が小鉢に口を付けた。薄く煎れた紅茶色のスープに唇が寄せられる。
「プレセアちゃんさぁ」
 不意にゼロスは声をあげた。
「毒が入ってるとか、考えたことはねぇの?」
 問われたプレセアは首を傾げた。
「ゼロス君はそうはしないと思います」
 視線は宙で振り子と化したお玉が描く銀の軌跡を追っていたため、平坦な調子で紡がれたその返答が、どの程度真摯なものであるかは当人にしか分からなかった。
「私たちは同じ鍋からよそって食べてますから」
「一緒に毒を喰う覚悟かも知れないぜ」
 言い募った事に意味はない。あまりに簡単に否定された事への、子供らしい妙な自尊心だ。些かねじ曲がった方向への主張であるとは解していたが。
 もう一度プレセアは感情の薄い水浅葱の眼でゼロスを見つめ、答えを唇に乗せた。
「――それなら、やっぱりゼロス君は毒を入れないと思います」
 そして彼女はスープを最後の一滴まで飲み干した。

2005/02/26 初出

料理 C

 少女は、運ばれて来た料理に眼を丸くした。
「これ、本当に食べて良いのかい?!」
 ミズホの忍だと言う話は本当だろうか。まさか、貧民街の子供を連れてきたわけではあるまいな。
 ゼロスは椅子の肘掛けに頬杖を突き、観察の目を向けた。少女は興奮した様子を明け透けに見せていたが、高貴なる神子の視線に気付くとはっとして俯き、口の中で何事か咀嚼するように動かすと言葉を言い直した。
「……ですか?」
 心の動きが全て顔に出るような娘だった。腹の中に含むようなものは何もないのだと、信じられそうなほど。
「とっておきの毒の調味料入りだぜ」
 命を惜しんで逃げ出せば良い。
 そう思って脅すように言ってやったのに、少女が返したのは蒲公英のような笑顔だった。
「大丈夫、アタシのお腹は丈夫だしサ!」

2008/04/27 初出