真夜中に、目が覚めてしまった。
ゼロスは黒く塗り潰された宙を見開いた薄氷の瞳に映し、奇妙に粘つく汗を両手に握り込んだ。
闇は恐れるものでない。恐れるのは真白く塗り潰された地獄である。夜気と共にゼロスの脳に入り込む白い悪夢より、黒い夜そのものの方が余程優しさに満ちている。
だが幼子は独り寝の夜を恐れた。それは女の肚を経て独り遺された人が持つ、共通の畏れに違いない。
母は、己を疎んでいた。だが運命を翻弄した神への憎しみと血を分けた子への愛の中で、一度、奇跡のようにゼロスを抱き締めた。
その柔らかな体温、確かな鼓動、芳しい匂い――
人恋しさを覚えるのは、温もりを知っているからだ。あの白い腕がもう一度自分を抱き締めてくれると、そう夢想するからだ。
こんな想いをするならば、生涯知らぬままで良かったのに。
「――」
掠れた声で傍付きを呼ぶも、いらえはない。御用があれば何時でも申し付けください、などと言っておきながら、役に立つ気はないと見える。
嗚呼、孤独に押し潰される。朝になって、使用人達は幼い神子の圧死した姿を見付けるだろう。
「ゼロスさま、如何なさいましたか」
その時、益体もない傍付き――頭に元、とゼロスは付け加えた――に代わり、忠実な男の声がした。
子は知らず止めていた息を吐き出した。
「……目が、覚めたんだ」
「ならば直に夜明けが参ります」
眠りを知らぬ明瞭な音は孤を抱えた夜を遠ざけ、朝も昼も変わらぬ時を導く。その声は壁越しで、子には、些か遠い。それが神の子と、仕える者の距離であった。
抱き締めてくれる手は、もう失いのだ。
だが、この忠実なる男は起きていてくれた。それで良い。ゼロスの小さな胸は満たされた。