天の響

ゼロスファンに30のお題

仮面

「なんか変な物売ってるぜ!」
 行楽地アルタミラの中でも最も賑やかな海へ続く通りの一角で、ロイドが友人達を呼んだ。彼等が見ているのは、道具屋の店先に並べられた色とりどりの仮面である。猫や鳥を模した可愛らしい面から、宝石で飾り付けたものまで、いずれも顔の上半分を覆うように作られていた。
 子供達が綺麗だ、変だと騒ぎ立てるのを、リフィルがきつく嗜める。その傍らで、嗚呼と得心の声が上がった。
「もう祭の季節か」
 言って頷いたのは、遅れて店先を覗き込んだリーガルだ。
 その後を次いで、しいながシルヴァラントの子供達に説明した。
「アルタミラで毎年開催される仮面舞踏祭さ。街中の皆が仮面をつけて、誰だかわからない相手と踊るんだよ」
「わぁ、楽しそう!」
 コレットは自身の言葉通りに楽しげな笑顔を浮かべた。長く衰退の続くイセリアでは、実りを祈願する祀りの他は年月の内に廃れてしまった。無論、神事と言えど村の広場では篝火を炊いて騒ぎを為すのが常だったが、彼女は血族の人間だ。神殿で祈りを捧げねばならず、賑々しい祭などもう随分遠いものだった。
 一方、ジーニアスは仮面を手に取り、解けない問題を前にした時のように首を傾げた。
「でも、なんでこの仮面ばっかり沢山置いてるのかな?」
 額から鼻の上までを覆う部分は黄金と銀に塗り分けられ、頂点に孔雀の羽がアクセントとして添えられたその仮面は、それ一つでも眼を惹く面だった。見渡してみれば他の店先にも、同じような意匠のものがある。
「それは、去年神子が使った仮面を似せて作ったものだな」
 子供達の顔は一瞬コレットの方に向いた。本人も不思議そうに瞬き、それから気が付く。
 毎年この時期に旅業でアルタミラへお越しのテセアラの神子も、祭の夜には広場へ現れ、街中の誰彼となく手を取って踊って下さるのだ──。
「神子の仮面は評判が良くてな、翌年同じ型のものがよく売れる」
 リーガルの言葉を受けて、ゼロスは仰々しく芝居がかったやり方で一礼してみせた。もっとも、旅の仲間達は優雅な所作を褒めそやしなどしない。
「なんで顔が見えないのにゼロスだって分かるんだ?」
 答えは至極簡単なものだ。
「そりゃあ、俺さまの溢れる魅力が──」
「祭の最後の踊りでは仮面を外す。そうして自分が踊っていた相手を知って驚くと言う寸法だ」
 先んじて明かされてしまった種に、ゼロスは肩を竦めた。
 一方、興味があるのかないのか、良く分からない相槌をしたと思うと、不意にロイドは声を上げた。
「なあ、俺が作ってやるよ。ゼロスのお面!」
「え」
 ゼロスとしては不本意な事に、直ぐには言葉が返せなかった。口許には笑みを掃いたまま、油の切れた薇人形のように少年を見下ろす。その先では鮮やか過ぎる鳶色の瞳が期待に満ちて輝いていた。
「あら、良いじゃない」
 女性達が援護したのは、少年の方だった。
「ロイドはこういうの、すっごく上手なんですよ」
 ドワーフを養父に持つと言うその子供が、存外器用であることはゼロスも知っている。しかし、細工の腕前とデザインのセンスは別の話であった。
 果たして衰退世界の少年に、テセアラの貴婦人方が好むような優美な面が描けるだろうか。
 同じ疑問を抱いたのか、あるいは表情に現れぬ好奇心ゆえか、プレセアが口を開いた。
「どんな仮面を作るご予定ですか」
 少年は素直に一つ頷き答えた。
「ノイシュを模したお面さ」
 一同はあの円らな瞳の生き物の面を着けた麗しの神子を脳裏に思い浮かべ、次の瞬間絶倒した。

2008/05/06 初出