アイドルマスター SideM GROWING STARS およそ20年後C.FIRST妄想SS

GROWING STARS

※注意※
・未来妄想です。
・「C.FIRSTエピソードゼロ第3話」の解釈を含みます。


 会議室の扉を開けて迎えられた瞬間、頻繁に顔は見ているのに、懐かしいと思った。それは三人が事務所に揃っている光景への郷愁だったのかもしれない。
 そもそも直接会うのはいつぶりだったか、秀の極めて優秀な頭でも直ぐには思い出せなかった。
 デビューから十数年経った頃から、秀たちの活動はアイドルという場から少し離れていた。百々人がユニットを残したいと主張し、他も賛成だったので、C.FIRSTというアイドルユニットはいまも315プロダクションの名簿に名を連ねている。今日事務所を訪れた理由も、来年に迫る記念ライブの打ち合わせのためだった。
 だが秀は作曲家兼歌手としてニューヨークを活動拠点にしているし、当の百々人もアイドル活動だけでなく現代アートの気鋭として名を上げている。本人は相変わらず、個展に来るのもアイドルとしてのファンだなどと言うが、軸足は芸術の方に移りつつある。いま百々人がレギュラー出演しているのは教育番組の美術館巡りで、アイドルでなくキュレーターだと言われても納得の解説を一人でこなす。
 そして、鋭心はーー
「先輩、改めて日本アカデミー賞入賞おめでとうございます。惜しかったですね」
「ああ、ありがとう。賞のために撮ってはいないが、入賞で終わると悔しいものだな」
 俳優としてしばらく活動した後、撮る側に転向した鋭心は、今年日本アカデミー賞の候補になった。受賞は逃したが、秀としては仲間への欲目を引いても、最優秀賞作品に引けを取らない作品だったと思う。アイドル映画という点で、審査が厳しくなったのかもしれないと邪推したくらいだ。
 鋭心も悔しいと口にしたが、その表情は自信が溢れていて、おそらく次の構想が彼の脳内で出来上がっているのだろう様子が伺えた。だから、秀は少し前から聞くべきか悩んでいたことを切り出すことにした。
「その……先輩の映画、前回から雰囲気が変わりましたよね」
 鋭心の監督一作目は、もふもふえんの岡村直央を主演にした青春物だった。傑作とは言えないが、アイドルファンの期待も映画ファンの期待も満たす内容で好評だった。それからミステリー、恋愛物、刑事のバディ物(FRAMEの全面協力があったらしい)と、ジャンルに縛られない作品作りをして、思い掛けない引き出しの多さに驚かされていた。ただし315プロに出資して貰い、プロダクションの仲間を起用している都合上、アイドルとしてのイメージを壊したり、ファンが嫌がりそうな題材は避けて、娯楽作品にまとめているらしい。鋭心ならば、315プロを離れ自分の名前で出資を募るのでも、銀行からの融資でも資金調達は可能だろうが、それは考えていないらしい。
 そういった作品の傾向は最新作でも変わりないものの、秀が挙げた作品から、鋭心の映画はどこか変わった。言語化が難しいのだが、非常に鋭く静かな視線で映画の世界に導かれ、最後の1カットまで呼吸を支配されるような力強さがあるーーと秀は感じた。
 鋭心は驚いた顔を見せて、一瞬、百々人に視線を向けた。
「アマミネくん、現場に来てないのによくわかったね」
 百々人の方は、創作の合間に気分転換と称してよく遊びに行くので、その時点から把握していたらしい。
「いわばマユミ監督のディレクターズカット版になったんだよね」
「ディレクターズカット版、ですか……?」
 他ならぬ鋭心の実家のシアタールームで、劇場公開時とディレクターズカット版の違いについて映像とともに熱弁を振るわれたことがあるので、もちろん単語の意味はわかる。つまり百々人は、鋭心の意図通りの映画になっていると言いたいのだろう。だが、そもそも最初の作品からして315プロが制作に関わり、鋭心の映画作りに全面協力していたのに、作りたい映画ではなかったと言うのだろうか。
「演技は俳優、カメラワークはカメラマン、照明、メイクーーどの分野もスタッフはプロだからな。最初は細かい部分は彼らの裁量に任せていたんだ」
 だが、自分だったらこうしてみたい、と思うところがあって密かに編集していたところ、百々人からその方が面白いと後押しされ、自信が持てたのだと言う。ーー秀だって、鋭心のお手製を見せて貰うか、考えを聞かせて貰えれば、そうしろとアドバイスしたのに。面白くないと思った気持ちが表情に出たのか、鋭心は少し言葉を切ると秀を宥めるように語った。
「……秀が自分の音楽で世界を拓いているのを見たから、俺も本心で自分の作品だと言えるものが作りたくなったんだ」
 自分の「作品」を作っているのは百々人も同様だから、それも決して秀だけの影響でないのだろうけれど、ずっと鋭心の他人との接し方を見習ってきた身としてはそう言われてしまうと嬉しさが上回り、不満は霧散した。
 そんなわけで、鋭心が考えた絵作り、やりたい表現、見せたい表情を出して貰えるように指示したのが、現在の作品らしい。
「いまは撮る前に画角まで指示してるし、演技のディレクションも無茶苦茶するもんね」
「やりにくいと思われてるだろうな」
 そう言いつつ笑っているのを見て、なあんだ、と肩透かしなのか安堵したのか、自分でも判別できない気持ちで秀は息を吐いた。
 315プロの若手は大先輩が相手でも物おじするタイプでないから、腑に落ちない指示には反論するだろうけれど、思い描く映画づくりのためにそれを説得していく過程も、いまの鋭心は楽しめているのだろう。映画を見て感じた変化は、作品作りだけでなく、本人にもよい変化だったのだと理解できた。
 なぜなら、鋭心は最後に言ったのだから。
「ーー次は、征一郎さんにもオファーを出そうと思っている」
 秀は、いまでも自分は他人の気持ちに疎い方だとわかっている。だから鋭心が両親をどう思っていて、自分の映画という「世界」に彼等を呼ぶことにどんな意図があるのか、本当のところは分からない。だけれど、なんらかの踏ん切りがついたのだろうと察するくらいはできた。
 話してもらわないと分からないことは色々あるけれど、鋭心は自分のことを語る代わりに、自分の視線で見たものを見せてくれるようになったのだ、と感じた。ならば次の作品を見れば、また一歩、鋭心が見ている世界の一端を知ることができるのかも知れない。
 秀は、心から次回作が楽しみだと思った。


このSS自体は先月末の時点で思い浮かんでダラダラ書いていたのですが、アイドルエピソード2話を受けて少し調整したので公開が遅くなりました。
秀の誕生日エピソードなのに、いきなり「鋭心が本音を話していない」問題に百々人が切り込むのは驚きました。

GROWING STARS

秀への苦手意識もしれっと伝えることができるようになっていたし、百々人がメンタル属性の強さを発揮していけば、C.FIRSTは上手く成長できそうだと安心しました。

今回の未来妄想は完全に妄想で、アイドルからやや卒業してやりたいことをやっている3人になりました。
映画好きだから映画監督ってのも安直ですが、秀も百々人も芸術面で「物作り」をする人だから、鋭心も影響を受けるんじゃないかと思いました。
ジャンルに関しては、315プロが出資してくれるならエンタメ方向の映画を作ると考えました。無理してそうしているのではなく、なにが題材でも映画作りであれば楽しいから。そして、そういう形なら「最適解」を選ぶことは悪い行為でないから、鋭心自身も気が楽だろうと思います。
秀はなんでニューヨークに行ってるのかと言ったら、そりゃ天峰秀だからです(笑)。

最後の台詞は何種か案があって、次は百々人を主演に撮るから秀は劇伴やらない?みたいな仲良しC.FIRSTのノリもあったのですが、鋭心の思い描く理想の世界(映画)の中に両親を招いたとき、眉見一家は生まれなかった弟の呪縛から解き放たれるんじゃないか、と思ったのでこちらにしました。

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