映画(朗読劇)「天地四心伝」より、蒼生と劉爽の話。
※DAY1・2のネタバレを含みます。
その日、竜人族の族長・劉爽が蒼生のもとを訪れたのは、丹碧の乱の後始末のためである。具体的には、鬼族の実験に巻き込まれ大幅に数を減らした少数種族について、人間族と竜人族のどちらから、どの程度手を差し伸べるかの相談だった。
例えば鳥人族などは、空を領域とする種族である関係から竜人族に対する敬意が強い。人間族の使者を送るより竜人族から援助を申し出た方が、相手も受け入れやすいだろう。種族同士が手を取り合う理想の世界のために、人間族だけが働くのでなく、竜人族にも協力して欲しいーーという蒼生の頼みに、劉爽が応えたのだ。
なお、獣人族も丹碧の乱に参加し、族長・縁は蒼生の理想の世界に理解を示していたが、そもそも彼等は自分たちの生活の立て直しが急務であるため、この会合には不参加となった。
竜人族にしても、元々排他的な種族であるし、劉爽に至っては、他種族との関わりを完全に絶つと決めて、十数年表に出てこなかった男である。この会合が実現するかどうかは半々と踏んでいただけに、蒼生にとって理想への大きな一歩であり、久し振りに胸が高鳴る日だった。
議題が一区切りついたところで、改めて協力への礼を蒼生が述べたのはそういう思いの発露だったが、それを聞いた劉爽は、しばしの沈黙の後、些か唐突な思い出を話し始めた。
「昔、あなたが竜人族の里に来て、狂竜病の患者を鬼人族で預かっていったでしょう」
蒼生にとってあの頃の出来事はひとつも忘れられない記憶であるし、初めて他種族が治める土地を訪ねた日のことは特に色鮮やかで、すぐに思い出すことができた。ーー己の青さも共に。
「あの時は俺も若かったもんで、失礼な申し出をした」
蒼生が軽く頭を下げると、劉爽はなるほど、と相槌を打った。
「あれがまずい申し出だったと分かるくらい、あなたも成長されたんですね」
蒼生は思わず声を上げて笑った。人間族の族長、そして丹碧の乱の後から他種族との連合をまとめる立場になった今、蒼生にここまで言い放つ者は海月くらいだから、いっそ心地よいくらいだった。
一方、その海月の政治的な視点は、蒼生が同じ歳だった頃と大差ないようだ。
「なにがまずかったんだ? 狂竜病の治療のためだったんだろ?」
海月の言葉を聞いた沖之丞が、表情を変えることなく雪之助を小突いたのが視界の隅に見えた。これは早晩、海月に対する政治教育が始まるに違いない。
だが、この場で海月に教えたのは劉爽だった。
「病で弱っている者たちを人質に取られた、と見なすこともできますね」
「そんな! 蒼生はーー」
思わず立ち上がった海月を、蒼生は静かに制した。
「いいんだ、海月。実際、鬼人族はそういう意識だったようだしな」
当時の蒼生はそこまで考えていなかったから、鬼人族の領地に帰って報告したときに、父が大笑した理由も、偃月が「誇り高い竜人族がよく受け入れましたね」と驚いていた理由も、紅蓮からひどく冷めた眼で見られた理由も、まるで分かっていなかった。ただ、善いことをしたつもりだった。
そうだ、あの頃の鬼人族ですら「平和」な世界を作ろうとしていたわけではなく、強大な力を持つ竜人族を仲間に引き入れることが、今後の戦の役に立つと考えて、彼等の救援信号に応えたのだ。
「別に責める気はないですよ。その提案を受け入れると決めたのは、我々竜人族ですから」
「よく受け入れてくれたよ」
竜人族の族長は人質となる側面を理解していたはずなのに、拙い提案を受け入れた。それは、そこまで狂竜病に追い詰められていたという理由だけでなかったと蒼生は思っている。
劉爽は、それに頷いた。
「あの時、兄さんは言っていました。あなたが本心から我々に寄り添い助けたいという気持ちを持っていたから、信じることにしたと」
「劉帆様が……」
蒼生は思わず絶句した。
蒼生が竜人族の前族長・劉帆と面会した時間、交わした言葉はそれほど多くない。それなのに、あの優しさと知性を湛えた人が、まだ何者でもなかったちっぽけな蒼生を信じてくれたのか。
「僕は正直、いまでも竜人族が里の外に出ていくのは怖い。でもあなたを信じた兄さんは、きっと種族の垣根のない世界の実現にも協力したと思うから、できることをしているんだ」
考えてみれば、鬼人族の族長候補として育てられていた蒼生と違い、劉爽は、族長になるべき教育を受けていたわけでない。なんの備えもなく族長を継いだという点は、縁と変わらないのだった。無論、兄の側近や竜人族の知恵者がいただけ、劉爽は恵まれていたのだろうけれど、族長としてどうあるべきかは、きっと彼の中にいる兄と対話をしてきたに違いない。
ーー族長になってからの蒼生が、ずっと頭の中の異母兄と対話をしていたように。
「だから、感謝は兄さんにしてください。僕もその方が嬉しい」
そう言える劉爽が、蒼生には少し羨ましかった。
天地四心伝映画版パンフレットと主題歌CDが届いたので、書きかけSSを頑張って仕上げました。
いつも通り、書きたいことを書いただけで、オチは考えてなかったのですが、今後好きなだけ劉帆の思い出話ができる劉爽と、紅蓮を「世界共通の敵」にしてしまったため、立場的に二度と優しい思い出話を口に出せないだろう蒼生の対比で終わり、「天地四心伝」らしい痛みのある締めになったな!と思います。
口調などをもう確認しようがないので、ちょっと自分のイメージが強く出ているかもしれません。特に大人劉爽は、気を抜くと北斗そのままになってしまうのですが、自分の気持ちを話す時はちょっと弟気質に戻る印象があったので、最後に調整しました。一人称は私と僕を両方使っていたと記憶しているのですが、今回は「僕」で統一しました。
でも、意図的に無視したところもあります。例えば白波を「キミ」呼びしていたことは覚えていたのですが、外交の場で、蒼生相手だと違和感があったため「あなた」にしました。その辺の塩梅が難しかったです。