「サガ エメラルドビヨンド」将軍の物語・後編
前編のあらすじ(→前編本文は、2024年9月28日記事参照)
「勝つまで再挑戦」をさせられる体質の持ち主であった将軍は、生涯を無敗で閉じた後、ブライトホームにて死せる英雄として蘇った。闇の王の導きでブライトホームを抜け出し異世界を旅するようになった将軍は、生国グレロンを訪れた際に過去の主君への蟠りを解消し、闇の王の眷属となる。その後、闇の王の王座奪還に貢献した将軍だったが、気付くといつかのブライトホームに戻っていた。
自問しているところに、豪傑たちが「天変地異の前触れ」と話しているのが聞こえて、将軍は親指の爪を強く噛んだ。その日に予定していた行軍を中止するなど、将軍だってしたくはない。しかし、いまがいつなのか、戦士たちの能力も把握していない状況で指揮することはできなかった。
目覚めた瞬間は、再びブライトホームに招聘されたのかと思った。しかし将軍の前にいたのがディン王でなく見慣れた戦士団の面々だったことから、時間が戻ったのだと理解した。理解はできたが、これまで経験したことがないほど長い時間が戻ったことに将軍は戸惑った。
どれほど時間が戻ったのか、なぜ戻ったのか。状況を整理するために、その二つを抑えることが重要だった。
最初の疑問については、卓上に広げられていた戦況図を見て記憶を掘り返すうちに、今時分が闇の王が戦士団に配属される直前だと判明した。将軍自身は、すべての思考を頭の中で完結させているからこういった記録を付けないのだが、ブライトホームにいる頃は将軍の作戦説明を聞きながら哲人がよくメモを取っていたのである。なんでも知りたがり記録したがる哲人の癖が役に立ったことに、将軍は少しだけ感心した。
しかし、もう一つの謎にはまったく手掛かりがなかった。まず将軍の記憶の範囲では、時間の戻る原因がない。仮に、仕掛けられていた罠かなにかが作動して将軍が知らぬ内に敗北していたのだとしても、精々鎧の男との決戦の前に戻るのが妥当だった。
ここまで時間が戻ったのはなぜだ、と考えても過去に例がない事態である以上、どうやっても想像の域を超えない。
結局、将軍はより完璧な勝利を闇の王に捧げることを目標に、旅をやり直すしかなかった。
目標が定まれば、それに対して最短距離を取るのが将軍の流儀である。混沌の穴を封じる作戦は失敗に終わると分かっているのだから、闇の王と合流した後までブライトホームに居続ける必要はない。
将軍は戦士団を呼び出すと、速やかにブライトホーム脱出作戦を立案した。豪傑と哲人は、急にディン王への不審を唱えた将軍に戸惑ったり訝しんだりしているようだったが、将軍の指揮に全幅の信頼を置く王者と、命令に逆らうという発想がない人斬、戦い続けてもこの世界の平和のためにならないと説けば脱出に意見が傾いた戦士の多数派で押し切った。そして、闇の王を迎えた戦士団は、ブライトホームを脱出したのだった。
さて、戦士団を連接領域に連れ出すところまでは将軍の仕事だったが、連接世界をどう歩くかは、闇の王が決めることである。闇の王に行き先を任せることを告げると、闇の王は前の旅路でもそうだったように、迷いのない足取りでひとつの扉の前に立った。
最初に行き着くのは哲人の世界だと知っていた将軍は、しかし王が開けた扉から覚えのある冷気を感じてはっとした。
ーー彼等が降り立ったのは、氷に閉ざされるグレロンの地だった。
記憶と違う順番である。だが考えてみれば、これは予期してしかるべきことだった。前回とは違う形でブライトホームを脱出したのだから、以降の出来事にも差異が生じる可能性はある。将軍にはどの世界の扉も同じに見えるから真相は分からないが、どの世界に行けるかは、連接領域を訪れた時分に左右されるという可能性もある。最終皇帝の呪いが発動したタイミングに一抹の疑問が残るが、これにしても闇の王の訪れが呪いの引き金を引いたと考えれば辻褄は合う。
なんにせよ、将軍としてはグレロンに辿り着いた事実を受け入れるしかなかった。そもそも、順番は予想外だったが、もう一度グレロンに行くことは分かっていたのだ。
将軍は素早く平常心を取り戻した。その後は、氷漬けの世界に驚く戦士たちにも、美しい闇の気配に喜ぶ闇の王にも加わらず、王宮の尖塔を意識から外して静かにグレロンの草原を見渡した。
時間が戻る前に聞いた調査隊の話によれば、帝国が消えてから千年は経っていると言うのに、この地はさほど変わっていない。人の気配がないせいで、記憶の中の帝国時代より寂れた印象すらある。氷漬けになっていなくても、この世界ではほとんど時間が止まっているのかも知れなかった。
この世界の探索を始めた闇の王の一行は、時間を戻す前と同様、公衆浴場の前でアレクサンドル少年と出逢った。
氷の世界に取り残された少年に対し、闇の王は闇の気配を感じて好奇心を、心優しい戦士などは同情心を抱いたようだったが、将軍は罠と知りながら敵の手にかかる他ないことに嘆息するばかりだった。
少年は、呪われずに済んだのではない。むしろこの少年こそ呪われているのだ。魔物に堕ちた最終皇帝が求める、新たな肉体なのだから。
これからの行程は、将軍にすれば宮殿まで貢ぎ物を届けに行くようなものだった。
しかし、懐かしい宮殿で待っていたのは、将軍の想像と異なる結末だった。調査隊の一員が最終皇帝としての見知った姿を現し、戦士団に襲いかかってきたのだ。
アレクサンドルがマッチを使う相手が変わったのは、闇の王の気紛れで行き先が変わったことに伴う変化だと思って気にせずにいた。しかし凍結の呪いに囚われた人々の中に最終皇帝がいたとなると、前回の魔物化した最終皇帝は一体なんだったのか。
「あの男は最終皇帝だったのか?」
打ち倒した後、釈然としない思いで将軍はシウグナスの見解を問うた。
「この宮殿に闇の力が澱んでいるのは間違いない」
歴代の皇帝が受け継ぐという超常の力の存在は、千年前にも囁かれていた。最終皇帝がそれに傾倒していることも。それが帝国のなくなった後に、この場所に残っていたとは知らなかったが。
「その力がどんな姿かたちを取るかは、その時々の人々の想い次第ということだろうな」
かつての主君が飲み込まれ、いまの主君が司る闇の力というものを、将軍はまったく理解できていないのだと痛感せざるを得なかった。
将軍の軍才も、闇の力だと言われたことはある。実際、時間が戻る現象については将軍自身もそれを疑った。だが当時は詳しく知る術がなかったために、疑問のまま捨て置かざるを得なかった。
この先、闇の力について知ることでこの胸糞悪い時間が戻る作用から解き放たれ、自身の力だけで勝利を得ていると誰に向かっても堂々言えるようになれば、それは将軍にとっても喜ばしいことである。闇の王と共に歩むということは、そういう未来を目指せるのかもしれない。
その気付きは、将軍の機嫌を上向きにした。
将軍は改めて闇の王に忠誠を捧げると、王と戦士団を急かして連接領域に戻ることにした。闇の力の本質に迫るという未来の目標のためにも、いまは戦士団の全員の世界を回り、闇の王に玉座を取り戻して貰わねばならないのだから。
そして、旅の果てに再び時間は戻された。
◇ ◇ ◇
なにが間違っているというのか!
突如激昂した団長を前に、戦士団の面々が素早く視線を交わし、そそくさと退室していったことには気付いていたが、将軍は苛立ちを抑えきれず、卓の上を腕で薙ぎ払った。
鈍い音を立てて杯が落ちる。まだ飲み干していなかったらしい。杯の中身が石の床に散らばる。誰が片付けるのだ、と思った瞬間、馬鹿馬鹿しくなった将軍は急に冷静になってため息を吐いた。自分以外の人間の愚鈍さに辟易している将軍だったが、時折、肉体年齢に引き摺られて後先を考えなくなる自分の方が余程愚かで醜悪だと思って、嫌になる。いまが正にその時だった。
考えてみれば、なにもかもがおかしかったのだ。
二度目の旅では、グレロンの顛末だけでなく、闇の王がヨミに帰るまでの道筋が将軍の記憶と違っていた。無論、最初の旅と同じ行動をしていないのだから、変化が起きるのは当然だ。変化しないのでなければ、未来は変えられない。
しかし、そういった連鎖的な変化とは違う、奇妙な変化があった。顕著だったのは、哲人の死因が異なっていたことである。
時間が戻るより前、彼がブライトホームに来るより前の出来事が、なぜ変化しているのか。何度も時計の針が戻るのを体験した将軍であるが、過ぎ去った時である過去が変わったことはない。当たり前だ。すでに起こったことは変えられるはずがない。
哲人は生前の記憶がまったくなかったのだから、思い出したという記憶自体がまやかしで、一方もしくは両方とも事実とは違うことも考えられる。しかし事実を知る術がない以上、これも仮定の枠を出ることはなかった。
そして一番の問題は、件の時間が戻る理由が今後に及んでもまったく掴めなかったことにある。将軍にしては随分慎重な用兵だと驚かれながら、闇の王の城へ行く前にヨミの要所を回って罠がないかを確かめ、伏兵の存在にも気を配り、王の身を守るため決戦とは別に人員を配置もした。無論、決戦においても石化や麻痺で戦士たちが倒れるといった無様を晒さないよう、万全の準備を整えた。
結果、闇の王を追放したというあの尊大で不快な鎧の男は、間違いなく息の根を止められ、その仲間は一兵もいない状態になった。戦士団は全員が自分の足で立ち、なんならもう一戦でもできるくらいの余裕さえあった。考え得る限り、一切の穴がない勝利だったはずだ。闇の王にも、働きの見事さを称賛されたばかりである。主君は満足し、将軍自身にもこれまで以上の充足感があった。
それなのに、時間は戻った。まるで、定められているかのように。
時間が戻るのは、闇の王が玉座に着いたときだ。だとすれば、闇の王と共に行くことが間違いなのかもしれないーー。
自身で立てた仮説に将軍は再び苛立って、半ば無意識のうちに椅子を蹴り飛ばした。闇の王と共に歩まず、誰に勝利を捧げるというのか。
同時に、しかし、という考えも浮かぶ。
しかし、この道を辿る限り永遠に勝利できないのであれば、かつて恐れた敗北の牢獄にいるのと変わらない。第一いまの将軍は眷属ではないし、まだ闇の王とも会っていない。その存在すら本来は知らない身だ。連接世界のどこかで忠誠を捧げる別の相手を見付けることも、将軍の心持ちひとつで叶うはずだ。そのとき戦士団の面々がどうするかは将軍にも予測し難いことだったが、元より将軍は戦士団に同じ道を歩ませようと思っていない。闇の王に対しては、たまたま全員が眷属になることを選んだが、将軍が別の主君を見つけたときは、そこで道を違えることになっても仕方ないだろう。
覚悟は決まった。部屋の惨状は捨て置いて、将軍は戦士団にブライトホームからの離脱を告げることにした。
ーーそしてディン王の城に入り、戦士団の先頭に立ってブライトホームを離れた瞬間、まるで暗闇の中で蝋燭の火が吹き消されたかのように目の前が真っ暗になり、将軍の意識は途絶えた。
◇ ◇ ◇
大幅に間違っていた可能性がある。
将軍は、ここに来て前提を見返す必要を認めた。時間が戻っている原因は、自身の敗北でなかったのかもしれない。
その考えは、再び闇の王の訪れを待ってから向かった、将軍にとって三度目の訪問となるアヴァロンの街で補強された。闇の王と戦士団が市場の親父との戦いに負け、しかし時間は戻らなかったのである。
地団駄を踏んで敗北の怒りをやり過ごした後、知らぬ顔をしてくれる戦士団の中に戻って将軍も素知らぬ顔をしてみせたが、頭の中は新しい仮説を立てるのに忙しく、先程の戦いの最中と変わらないくらい熱していた。
時間が戻る引き金は闇の王の旅の終わり自体だとすれば、話は変わってくる。
主君の望みを知りたくて、将軍は、王者と語らないながら次の乗り物へ向かう闇の王の背を凝視した。
やがて、将軍は三度目のグレロンに辿り着いた。
将軍が傍観している間に、今回も戦士団は彷徨うアレクサンドル少年と巡り合い、凍結の呪いから人々を解き放っていくことになった。
闇の王は毎回この遊興に対して愉しみを見出しているようだったが、将軍としては、少年に呪いを解くマッチを与えて選択に迷わせる悪趣味さに辟易するものがある。宮殿で待つ闇が最終皇帝なのか、そうでないのかはまだ分からないが、この趣味の悪さは将軍が知る最終皇帝の趣向に近い。
将軍の様子を見て、闇の王は呪いに関する心当たりを問うてきた。将軍は、このときのために決めていた言葉を返した。
「ネタ晴らしをするなと言ったのは、伯爵、お前だぞ」
でもそれは時間が戻る前の、さらに前の話だ。
耳ざとい哲人が、そんな会話を聞いた記憶はないと言いたげな表情をしているのが視界の隅に見えたが、将軍はそれを無視して、ただ一心に闇の王を見つめた。
そして、闇の王は口の端に薄い微笑を浮かべて頷いた。
「そうだったな」
内容は決まっているのに、なかなか書き上がらなくて苦労しました。というわけで、出来立てほやほやを投稿です。推敲してたら、こんな無茶苦茶な話を投稿する勇気はなくなりますから!
ちなみに、私の記憶違いでなければ、初めてループものを書きました。いつも超短編しか書かない人間には根気がいるテーマだと分かりました。差分を描くために同じシーンを何度も書く羽目になるんですね。ループ物を書き上げている方、尊敬します。
以下、本作を書いた経緯など後書きらしいものを。
まず将軍に関して、
- 2周目では、シウグナス合流時点で将軍がディン王を見限っている
- 将軍の出身地判明会話(ワールド到着時のやりとり)は1周目しか発生しない
- 上記会話を前提とした台詞「ネタ晴らしを~」は2周目以降でも発生する
という謎があり、将軍だけループしてると発想したのが発端でした。最初は冗談だったのですが、100戦100勝という戦績に再挑戦の仕様を組み込んだら前編冒頭がすらすら思い浮かんだので、そのまま小説にした次第です。
そして、将軍ほど頭が良い設定の人物がウッカリミスをするとは考えたくないので、3つ目の台詞をいう謎は、意図的にループを示唆して相手の出方を伺った、という解釈になりました。
ただ、前編に記したシウグナス編1周目のエンディングまでに妄想を詰め込みまくって満足してしまったので、執筆の発端とは裏腹に、後編はだいぶ駆け足になりました。もっと何周もして記憶が欠落していくとか、哲人に抜け出せないループへの弱音を吐いて「並行世界」という概念を教えてもらう展開も考えたのですが、どちらも将軍のキャラじゃないと思ったので、コンパクトにまとめました。でも闇の王と会わない周回は、将軍のキャラじゃないと思いつつ書きたかったので残しました。
……ここまでループ物と連呼したけれど、作中でも示唆している通り、正しくループしていたのはグレロン時代だけで、本編では主人公勢の並行世界線移動(ゲームにおける周回プレイ)に巻き込まれている真相のつもりです。
でもサガエメのお話なので、読み手ごとに違う解釈でも良いと思います。自分の将軍に対する解釈自体、この話に基づくわけではありませんし……。
当初は、将軍が真相に気付くシーンはなかったのですが、さすがに不親切だし中途半端だと思ったので、最後に書き加えました。でもループが終わるのだろう旅立ちエンドまで書いてないので、結局中途半端ですね。ある意味私らしい展開かもしれません。