現在地:【呂布編】下邳の戦いまで ※ネタバレを含みます。

呂布編のサブタイトルは「鬼神と鬼謀」。
鬼神が呂布を指していることは明白です。一方、鬼謀と聞くと諸葛亮のイメージがありますが、呂布編ならきっと陳宮ですよね。正直、これといった実績のない陳宮に鬼謀の二つ名は釣り合わない気がします。その印象を覆すような展開があるのか楽しみです。
物語の発端は書簡でした。誰からだろうと思ったら、なんと貂蝉からの会いたいと言うメッセージ。

喜んだのですが、読み終えたら「李傕・郭汜の乱」が発生したので、戦力として求められているだけかと少しガッカリしました。
同時に、時間軸は本編2章と3章の合間だと分かって、今回も思いの外早いスタートに驚きました。
落ち合った貂蝉は、紫鸞の手を借りてまで呂布を救いに行こうとする自分の感情に戸惑っているようで、可愛さを感じました。純粋に紫鸞を想う貂蝉も好きだったけれど、呂布に想われて絆される貂蝉も良いと私は思います。それなのに選択肢をミスって、陥れた相手への申し訳なさだと思わせてしまったのは失敗でした。

まぁ、現在進行形で呂布が李傕・郭汜の軍と戦っていると聞くと、長々貂蝉の感情と向き合ってる余裕もなかったですけれどね。そもそも当時の通信網レベルを考えたら貂蝉が書簡を送って紫鸞と落ち合うまで、最短でも数日は掛かっている筈で、ずっと単騎で軍勢と戦っていたなら、それはバケモノだよと思いました。

実際に救援に行ったら、あれだけ血気盛んな敵に囲まれて攻城兵器まで使われている状態なのに、妙にピンピンしていて笑いました。なんなら、道中で拾った八健将の方が死にそうでしたよ。
貂蝉が疑問視していましたが、オリジンズ呂布は決して馬鹿ではないので、貂蝉に利用されてる事を理解したうえで王允の下で動いていたのは、やはり貂蝉が好きだったからだろうと思います。
それなのに、戦いの後、これ以上の手助けを断られ、長安も出ていけと言われてしまうこと、そしてそれが貂蝉の望みであるならと素直に従う呂布に悶えました。

本編でもこの別れのやりとりをしたのなら、そりゃあ「貂蝉は紫鸞のところにいるのか」くらい確かめたくなりますね。そして、それでも良いと思って別れを受け入れたくらい、貂蝉の幸せを願う男だったんですね。
自分を憐れむタイプではないから外目には平然としていたけれど、タフであることと繊細であることは両立しますから、無意識のうちに傷付く面はあると思います。そんな強いが故の孤独感が、オリジンズ呂布の魅力かも知れないと思いました。
呂布が相手の幸せのために身を引く男だなんて、知らなかったです。

そして、貂蝉も身を引く女であることが寂しさに拍車をかけました。
一人で去るのは本編でもやっていたことなので、いっそ紫鸞と一緒に来て、最終的に呂布軍に所属して欲しかったです。そうすれば、同行武将に幅が出ますし。
二人の別れのやりとりは美しかったのですが、王允がこのタイミングで貂蝉まで遠ざけたのは判断ミス過ぎて首を捻りました。
董卓殺しの実行犯は呂布でも、裏で手を引いたのが王允なのは誰でも分かるし、呂布の武力を笠にして政治をしていた自分が恨まれていないと思っていたのでしょうか。戦力がそばにない方が丸く収まる、と王允の指示を信じて従った貂蝉が可哀想です。
投げやりになって死ぬ気だったと言われた方が納得できます。
あと、別れ際の貂蝉から「あなたの進む先にはきっと美しい景色が広がっているはず」と願われても、本編ならまだしも、呂布編を進んだ先にそんな美しい景色があるだろうか、とやっぱり首を捻りました。

わざわざ呂布編で言わせているのだから、きっと伏線だろうと思うのですが、呂布編だぞ?と思ってしまいます。
定宿に戻ると、再び書簡が到着。
今度の書簡は匿名なのに、読み進めたら陳宮以外の誰でもなくて笑いました。文面なのに、癖が強くて脳内に音声が聞こえてきます。

それで、書簡の主の熱意に絆されて呂布の台頭を待つ話になったまでは良かったものの、時間が下邳の戦いまで一気に飛んでしまいひっくり返りました。
3章開始と同時のタイミングなら、呂布の名声がまだ地に落ち切っていないから、英傑として軌道修正できそうだと思っただけに残念です。どうせifなら、放浪時代を一緒に過ごしたかったです。

この局面でようやく直接の勧誘が行われ、正直紫鸞の気持ちがよく分からないまま、なし崩しで呂布軍に所属しました。

いや、私は呂布への好感度は結構高いですし、貂蝉との別れを見せられた時には支えてあげたい気持ちにもなりましたよ。だって、朱和との会話からすると、紫鸞は使命を果たす上で一番良い主君を選ぼうとしていたわけですよね。でも、ここまで鼻つまみ者になった呂布では、もし逆転勝利して大陸統一したとて、太平がもたらされるとは思えません。その状態で紫鸞が呂布に味方する意味ってなんだろうと考えてしまいました。
呂布側での下邳の戦いは、意外と楽でした。

許しがあったから自由気儘に戦場を回っていたのですが、水門や城門さえ守り抜けば後は呂布の武力で押し切れるバランスでした。そのため、本編での下邳攻めの戦術の有用性が改めて証明されました。
勝利後、陳宮がこのまま袁術を倒すと言いだすのでひっくり返りました。悪いことを考えていそうだとは思ったけれど、精々、使者を使って策略を仕掛ける程度だと思っていました。下邳の激闘後に遠征と言われたら、そりゃあ呂布も「なんだと?」と聞き返しちゃいますよね。

自分が次に攻め込むために袁術軍の援軍を引き出して疲弊させたという狙いは理解できたけれど、褒めるのもどうかと思って反応に困りました。
第一、本編でも思ったけれど、陳宮の策は呂布の武力頼みすぎです。呂布なら勝てるという前提で、無茶苦茶な戦略を立てることが軍師の仕事とは認めたくないですね。「一番弱い部隊でも活かす」のが軍師じゃないでしょうか。
呂布軍は固有武将が少ないため、高順や臧覇などのモブグラフィック武将が結構シナリオに関わってきていますが、臧覇等は「神奏三国詩」で見知っているので、個人的にはモブと言ってもそこそこ親しみを感じています。紀霊大将軍にやたらと注目していたのと同じ現象ですね。柵を立てるだけでターン消費していた曹性など、私の中では八健将に個性が付いている状態です。

逆に、呂布軍の中では張遼に次いで高名だという高順は、「神奏三国詩」で予習していないという理由からまったく印象に残らず、申し訳ない気持ちでいます。そもそも神奏三国詩で三国志を予習するなって話なんですが(笑)。
※神奏三国詩は、呂布が吸血鬼だったりするトンデモ三国志ゲーム(2022年12月11日記事参照)。