• 2013年登録記事

五十音順キャラクター・ショートショート【て】
→ルールは2012年12月17日記事参照


 天の高みを丸い月が飾るこんな夜更けに、何者かが屋敷を訪れた。招かれざる客は案内も請わず踏み込み、静かに眠る屋敷の中をうろついている。耳をすませると、時折金貨同士がぶつかる音がした。
 間違いなく、泥棒だ。
 私は怖れに震える身体を叱咤しながら、音のする方へ秘かに擦り寄った。
 極度の人見知りである私は誰かと顔を会わせるのが苦手だ。体が小さいから喧嘩したって負けるだろう。それに、使う当てのない金貨を持ち出されたって正直構わない。
 だが、我が安息の地であるこの屋敷からは即刻出ていって欲しかった。
 私は泥棒の影が見える位置まで近付いた。当然、正面から向かう気はない。人を前にしてはっきり要求を突き付けるなんて私にはできないし、相手が武器を振り回したりしたらどうしようもない。だから、後ろから近付いて脅すつもりだった。そうすれば、ここが幽霊屋敷と噂されていることを思い出して逃げ帰るに違いない。
 泥棒はまだ私の存在に気付かないらしく、背を向けたまま天井に貼り付いた金貨を採ろうとジャンプしている。だが、あれは丸い月が金貨のように見えるだけだ。随分と間抜けな泥棒だったらしい。私は少し大胆な気持ちになって、泥棒の赤い帽子を小突いてやった。
 ――次の瞬間、私は心底驚いた。
 触れた途端、泥棒の身体が音を立てて小さくなったのだ。たったいま小突いた帽子が、随分と下に見える。
 その時、小さな泥棒が不思議そうに振り向いた。
「わっ!」
 相手は泥棒だと分かっているのに、人と顔を会わせるのが恥ずかしくて、私は思わず目を瞑り両手で顔を隠してしまった。
 だが驚いたのは泥棒も同じだったらしい。小さな身体で一目散に逃げ出した。当初の計画通り、と言いたいところだったが、彼は余程驚いたのか、私の望まない方向、すなわち屋敷の奥に向かって駆け出したのだ。
 こうなったら、屋敷の外に向かうまで追い立てるしかない。
 私は意を決し、泥棒を追って走り出した。

 それが、私とマリオ氏の長い付き合いの始まりだった。

鉄心石腸の内弁慶
……テレサ(ゲーム「スーパーマリオ」シリーズ)


もう少し正体を推理しながら読んで頂けるように書こうと思ったのですが、実際のゲーム面の記憶がなくて断念しました。

五十音順キャラクター・ショートショート【つ】
→ルールは2012年12月17日記事参照


 月の女帝への反逆――
 弟の愚かな選択に目眩がしそうだった。
「退くのだ、ゲッコー」
 ここで退かなければ、もう後戻りできない。だが今なら、自身の権限で揉み消してやれる。
 彼は弟を理解できないまでも、よく知っていた。まさか、本心からこの枯れた星を欲しているわけがない。主の千年の眠りを守る退屈さに飽きただけだ。
 そして、その堪え性のないところこそ、彼が弟を唾棄する所以だった。
 不意に、ゲッコーは呵々と笑い出した。
「嬉しいゼ」
 考えの読めない隻眼に、愉悦の光が閃く。
「姫様がいない今、ようやく兄キと闘えるんだからな」
 ツキカゲは絶句した。
 月星人はみな等しく女帝の民であり、野蛮な地球人のように同胞で戦うことはしない。ましてや、二人は女帝の右腕、左腕と称された将だ。
 女帝をまだ姫様と呼ぶくせに、裏切ってまで月明かりの名を分けた兄と闘いたいと言うのか。
 だが――自分の左手で右手と闘うバカはいない。そんなことも分からぬ愚弟を、ツキカゲは哀れに思った。

月明かりの決闘
……ツキカゲ(漫画「YAIBA」)


ウサギのくせに格好いい月星人兄弟。偶然見たアニメでゲッコーに惚れ込み、ゲッコーVSヤイバの話が収録されている巻だけお小遣いで買いました。
思えばこの幼き日に「ケモナー」になったんですね、私は……。

本編のゲッコーはカグヤ様の命令には割と従っていたので、あの反抗期真っ只中な性格は兄貴へのコンプレックスじゃないか?という気がします。
ツキカゲさん、たまには弟に優しくしてあげて!
もともと、月星人兄弟はゲッコーの方が強いと思っていましたが、このSSを書くにあたり、魔王剣なしならツキカゲの方が強いのかも、と気付きました。
だって、ゲッコーの反逆はカグヤ不在時期に起きて、制圧されてるんですよね。それに、月星人の合体能力を活かすには、知能も必要だと思います。

五十音順キャラクター・ショートショート【ち】
→ルールは2012年12月17日記事参照


 地球は美しい。
 アーシアンは愛おしい。
 俺は何度でもそう実感する。だからみんなが呆れて馬鹿にしても、ありのままの地球が好きで、守りたくなる。
 でも、最近はこうも思う。
 地球は確かに美しく愛しいけれど、この世で最も美しく愛しいものではないから、優しくできるのだ。
 だって、最も美しく愛しいものには、こんなにも醜く激しい気持ちを抱いている。

地球より美しく愛しく
……ちはや(漫画「アーシアン」)


高河ゆん作品は、「コトバ」の力が強くて印象的です。また、狂気や執着心の描写に多大な影響を受けました。さすがにあの空気感は再現できないですね……。

過剰に控えめで周囲を苛々させるくらいなら、笑っちゃうくらい自信家な方が好ましいと思っているので、昔はちはやが苦手でした。
が、完結編での裁判時の理性には震撼しました。

で、書いてみたけれど実は「アーシアン」より「源氏」が好きです。
いつか「源氏」完結編が出ることを祈って!

五十音順キャラクター・ショートショート【た】
→ルールは2012年12月17日記事参照


 滝壺目掛けて、落ちる。
「っニャァアー──!!!!」
 タットは装うことを忘れ、叫び声を上げた。
 宙に浮いていられなかった。体の中に隠したエレメントが、大地に引き寄せられているのだ。だがそれに気が付いても、今さら放り出すわけにいかない。
 きっと水面に近付けば、タットに備わった浮遊能力が働いて溺れずに済むはずだ。そう思おうとしても、ぐんぐん迫る水面はタットの頭の中を恐怖で満たしていく。
 タットは、泳げないのだ。
 バランスを崩した体は頭から水面に激突する──!
「たすけて、レオリナぁっ!」
 思わず祈った瞬間、腹の辺りがぐっと掴まれた。そこを支点にして重力に逆らって浮き上がるような感覚があり、タットはひゃっと声をあげた。
 寸でのところでタットを掴み上げたのは、エレメントを追ってきた夢見る黒き旅人だった。
 小脇に抱えられたまま、水飛沫に濡れた横顔をしばらく見上げる。
 あーあ、捕まっちゃった。
 恐慌から解放された途端、タットは助かったことへの安堵や感謝を捨てて、秘かにそう呟いた。
 エレメントは返すにしても、もう少し引っ掻きまわしてやる予定だったのだ。
 黒き旅人の操るフロートボードは、ジャングルスライダーの終点に向かって水面を進んでいく。状況だけみれば、まるで二人で遊園地の名物アトラクションを楽しんでいるようだ。
 ま、助けた御礼に可愛いタットちゃんとのデート気分くらい味わわせてあげるわ。
 そう決めて、タットは大人しく彼の腕の中に収まってやった。

助けた御礼はデート1回
……タット(ゲーム「風のクロノア2 〜世界が望んだ忘れもの〜」)


タットのようなトリッキーなキャラが巧く動かせると、一端の書き手かなぁと思います。自分はまだまだですね。
今作は掴まった以降の展開が違う2パターンを書いて、意外とドタバタしてない方がタットらしく感じたのでこちらを採用しました。

「風のクロノア」は初代(door to phantomile)の印象が強過ぎるのか、2(世界が望んだ忘れもの)はストーリーの流れを覚えていません。イベントやワールド、パズル性の高まった仕掛けは印象深い物が多いのに、ちょっと残念です。

五十音順キャラクター・ショートショート【そ】
→ルールは2012年12月17日記事参照


 その子供は、泣きながら後を付いてきた。
 少し進んだところで立ち止まり、子供を待つ。追い付いてきたら、また先に立って歩く。こんなことを何度も繰り返していた。
 まだ道は半ばだというのに、もう日が暮れる。
 だが彼は我慢強く子供を待った。彼の師がそうしたように。
 背負ってやれば良いのだろうが、彼にも荷がある。
 水の城の王は、不測の事態に備え、各地に貯蔵庫を作らせていた。その一つは、彼が棲む村から半日歩いた岩山の中に隠されている。
 水が開放されたといっても、辺境にはまだ行き届いていない。痩せた田畑を蘇らせようにも、日数が足りない。
 故に、彼は月に一度村とそこを往復して、水と食料を運んでいる。
 つと、子供が転んで、吃逆に収まっていた泣き顔をまた涙が濡らした。
「泣くな」
 村への帰り道で拾った、名前も来た場所もわからない子供だ。このご時世、名も付けて貰えないまま親を失う子供は珍しくないが、名を呼べないのは不便である。
「泣くな、美雨」
 ――自分の口から零れた名前に驚かされた。
 彼女が泣いているところなんて見たことがないのに、一度そう呼んでしまうと、他の名前はもう見当たらない。
 気づけば子供も驚いて涙を引っ込め、彼を見上げていた。
「美雨?」
「……ああ。美雨――お前の名前だ」
 その名で呼ぶと、途端に子供を一人で歩かせるのが不憫になった。
 彼女はきっと、両親と手を繋いで歩いた筈だ。
「美雨、おいで」
 衝動のまま、座り込んだ子供に手を伸べる。
 そして空とその泪の名を持つ二人は、並んで歩き始めた。

蒼空から落ちた泪
……空(舞台「シャングリラ ー水之城ー」)


水門の戦い後の空と、少女美雨の出会い。
タイトルやら泪が云々というのは、作中の歌詞から拾って来ていますので、雰囲気で汲み取ってください。
最終シーンで持っている頭陀袋の中身を想像して、色々冒頭に書き込み過ぎました。