併設コンテンツ「アーデリカさんのレシピ」のショートショートを発掘しましたので、日誌の穴埋めに公開します(表現の細微な変更あり)。
ちなみに、本作の初稿は2005年1月15日でした。なんでアイスなのに寒い時期に書いたんだろう、と思いつつ、再投稿も寒い時期となりました。
あずきアイス
些かの郷愁に駆られた月が、郷里の甘味を求めたのは数日前。
幸いにして、食材は望むだけ得られた。少しばかり寒がりの教室長らと歓談しつつ、暖房機の上で静かに小豆を茹でる、その作業すら心を慰めた。ただ、うっかり手持ちの豆をすべて茹で上げたのは、やりすぎだったかも知れない。
甘いものは少女たちの大好物であったけれど、少し、ほんの少し多すぎるそれには、工夫を必要とした。
善哉、きんつば、いとこ煮、それからそれから——。
「小豆って、ねぇ」
月と、同室の天麗が最後に行き着いた頼みの綱、アーデリカは、綺麗に整えた指先で小豆をひとつ押し潰した。名の通り小豆色の皮が抵抗なく平伏し、白い中身を覗かせる。
「こういう食材、わたしはあんまり馴染みがないのよね」
院に集った彼等は、本来それぞれが異なる世界の住人である。当然、食事を含む生活様式、文化文明の間には高い壁が立てられていた。
現に、今こうして部屋に大量のゆで小豆を抱えてしまった天麗と月の間でも、食べ物に対する認知は隔たりがある。例えば天麗は、好みに因らず生野菜が食べられないし、月は辛いものがどうにも馴染めない。
それは料理名人として知られるアーデリカも、例外でない。院内で供されるものに限ったとしても、知らぬ食材の方が多いのだ。
「それにもう加工してあるんでしょう?」
「はぁ、甘う煮とります」
諦めの色を浮かべ始めた月が応えた。なに、若干風味は落ちるだろうが冷凍して保存する手もある。長い目で見れば決して食べきれない量でないのだから、週に3度善哉にすれば良い。
だが、自分で潰した小豆を舌に乗せよくよく甘みを確かめながら咀嚼した後に、アーデリカはよし、と肯いてみせた。
「天麗向けの簡単なお菓子にしましょう」
名を呼ばれ、天麗は小さく屈めていた背をびくりと伸ばした。
「生クリームを軽く立てて」
言いながら生クリームを泡立て器で混ぜた、かと思うと彼女は、ひどく適当な案配でそれを投げ出してしまった。
「あの、アーデリカ様」
呼び掛けておきながら、あまりの僭越さに天麗の声は最後は蚊が鳴くような音になった。
「ゆるくありませんか?」
戦きつつであっても、指摘はごく真っ当である。ボールの中の生クリームは真白い泡が揃った程度の硬さである。このままでは、何に添えても流れ落ちてしまうだろう。珈琲の中に入れるのが程良い用途か。
アーデリカは両頬を持ち上げた。すっきりとした顔立ちが、愛嬌ある印象になる。
「ホイップクリームにするのが目的じゃないのよ」
月と天麗は顔を見合わせた。
学年上の友人を信頼はしているが、納得できるか否かは別の問題である。
「はい」
それゆえ、差し出された手に月は思わず復唱した。
「はい?」
「小豆を渡す!」
「はい!」
煮汁ごと小豆を流し入れると、アーデリカはそれをゆっくりと混ぜ始めた。真白いクリームが、次第に小豆で色付いていく。
「後は冷やすだけ」
その言葉を媒介に不思議の力が働く。冷気が容器を包み、即席の冷凍庫と化す。
あ、と目を見開く間もなく、二人の目の前で小豆のクリームは凝固した。
「お手軽アイス完成。どう?」
:
「美味しいです」
ひんやりとした感触が喉を落ちていく様に、天麗は瞳を細めた。小豆の甘みもまた程良く舌を楽しませる。
仕上げの簡単さもまた堪能のポイントである。
「けど」
極力控えめに見えるよう言い添えて、月はスプーンの先で凍ったアイスの表面を突いてみせた。
「……ちょっと、冷やしすぎたかしら」
アーデリカの課題は料理でなく、相変わらず力の制限法であるらしい。
レシピのおさらい
分量
- 生クリーム 200cc
- ゆで小豆の缶詰 1缶(お好みで200〜400g)
手順
- 生クリームを半立てにする
- ゆで小豆を汁ごと加え、混ぜ合わせる
- 容器に入れ、冷凍庫で冷やし固める
補足
3時間も冷やせば食べられます。
よく固まるので、場合によっては少し室温で溶かしてから召し上がってください。