田中慎弥著「神様のいない日本シリーズ」

予想外のストーリーで戸惑いました。
虐めを受けて野球を止めると言い出した息子に対し、父親が扉越しに自分がなぜ野球をしなかったか、なぜ息子に野球をやって欲しいかというエゴを語るという構造なのですが……
この父親が、話下手なのです(笑)。
とくに前半は話があちこちに飛んで、話がどこから始まりどこへ向かうのか、論旨が見えないので読んでいて疲れました。

話は支離滅裂ながら、父親を拒絶し続けた葛藤から、最終的に息子に野球をやって欲しい気持ちに至るのは飲み込めます。
また、生きているのか分からない父親に対して、自分の中に存在するのかどうかも分からない期待感を、中学生の時に演じた「ゴドーを待ちながら」を絡めている辺りは作者の巧さだと思いました。
ただ、全体的には腑に落ちない話です。
特に、祖父が豚を殺したということが、孫の世代でまで「豚殺し」と言われるほどの重大事件なのか引っ掛かりました。家畜を撲殺するのは普通ではないけれど、犯罪でもないのに、そんなに後ろ指さされないといけないのか、その辺の感覚が飲み込めなかったので、最初は、なにかの比喩かと思っていました。
また、小学生の子供に対して、中学時代の母親への性欲を喜々として語る辺りに落ち着かない気持ち悪さを感じました。息子の名前を一緒に劇をした下級生の女の子から取るというのも、そこまで思い入れがある相手とは思えないので不審です。

これだけ長い話をしているのに、扉の向こうにいる筈の息子から反応がなく、妻の気配も感じないので、「この男には、本当に妻と子供がいるのだろうか?」と疑問に思いました。
表紙絵は壁に向かっている男ということもあって、もしかすると架空の息子に向かって話しているだけなんじゃないかと……。
少しゾッとしますね。

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