三浦哲郎著「忍ぶ川」

【あらすじ(最後までのネタバレ有り)】
作家を志す学生の私は、小料理屋の女中・志乃と出会う。私は兄が失踪したこと、志乃は色町で育ったこと等、複雑な家庭環境を打ち明け合う内に打ち解け、私は志乃にプロポーズする。やがて、家も父も失い一家離散した志乃を連れて、私は郷里へ戻り祝言を挙げた。翌日、新婚旅行へ向かう電車の窓から私の実家を見た志乃は自分の家が見えると喜んだ。

表題作含む7作を収録。その内の5作「忍ぶ川」「初夜」「帰郷」「恥の譜」「幻燈書集」は関連作。
「忍ぶ川」は、主人公たちに重苦しい設定はありつつも、若者特有の明るさ、未来への希望が漂っています。
淡々としたお話ながら、志乃がとにかく愛らしい娘なので、彼女を愛する主人公の気持ちに寄り添えます。それ故、ラストシーンで、自分の家(帰る場所)を手に入れた志乃の喜びを感じ取ったときが、非常に気持ちよかったです。
名作だと思いました。
「初夜」は、「忍ぶ川」から連続した時間軸のお話だったので、少し驚きました。内容は、血を否定していた主人公が子供を望むようになる救済の物語なので、続編として素直に読めました。
しかし「帰郷」以降の話は主人公達から若さ(明るさ)が失われ、設定の暗さがどんどん比重を増します。十分読ませるお話ですし、考えさせられるけれど、設定の重苦しさがそのまま伸し掛かってくるため、楽しくはありません。
また、不幸自慢も鼻につく気がします。せめて主人公が真面目に働くとか、もう少し努力の人なら清貧と言えるのですが。
短編を読み進めるほどに、「忍ぶ川」読了後の清涼感がどんどん失われていくのが残念でした。

「帰郷」の後に収録されている「團欒」も、最初は“私と志乃”の物語の一つかと勘違いしたくらい、似たような設定の主人公と妻が登場する私小説になっています。
しかし夫婦の関係性が異なるので、違和感がありました。“私と志乃”の純愛も、未来にはこうなるという昏い暗喩なのでしょうか。

最後に収録された「驢馬」はガラリと雰囲気の違う、満州留学生の話です。
戦中の人間模様に鬱々とさせられ、訴えかけるものが強くて、重苦しくも胸に響く作品でした。

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