有吉佐和子著「一の糸」

【あらすじ(最後までのネタバレ有り)】
箱入娘に育った茜は、父が贔屓にする文楽の三味線弾き・清太郎が弾く一の糸の音色に心を奪われ恋情を募らせ、契りを交わすが、彼には所帯があった。二十年後、独身を貫いていた茜は、徳兵衛を襲名した清太郎と思いがけず再会し、妻を亡くしていた彼から求婚される。後添えとなった茜は、九人の子の母として、昔馴染みの女や夫婦同然の大夫との付き合いに悩まされつつも、芸道一筋に生きる男を支え、戦後の動乱を生き抜く。

お嬢さん育ちな10代から、父を亡くし、母と二人暮らす20〜30代、徳兵衛の妻として苦労しつつも愛を貫く40代と、茜の一代記でありつつ、同時に文学の世界に生きる徳兵衛の三味線への情熱を描いた物語。
有吉佐和子先生には、毎回脱帽させられていますが、今回も凄まじい作品です。
500ページを超える長編だというのに、迫真の展開の連続で、一気に読まされました。

茜は、三十過ぎになっても母親に養われ贅沢暮らしを享受するような我儘娘ですし、徳兵衛にしても三味線以外はからきしの面倒な男で、人間的には全く感心できないのですが、不思議と応援したくなる魅力がありました。
自分の心に真っ直ぐで、嘘をつけないところを羨望するような気持ちもあるかもしれません。特に茜は、継子に背かれたり、周囲から悪妻と思われて苦労しているのに、根がポジティブで深刻にならないところも可愛いです。
戦後にあった文楽界の分裂や修行の厳しさを描いた第三部「音締」の熱量を考えるに、文楽の世界を描いた作品であることは間違い無いのですが、あえて門外漢である妻の一代記とすることでその世界から一歩引いた視点に作者の技巧を感じました。夫への激しい愛が描かれるから、それを徳兵衛に置き換えれば彼の文楽への愛の激しさにも納得がいきます。そして茜にしても、元は徳兵衛の奏でる音に惚れ込んだ前提があるので、二人の愛は「一の糸」に集約されるのでした。

筆力のある作者なので、三味線や文楽に詳しくなくても、特に困ることなく読んでいけると思います。
華やかな娘時代、父を亡くしてからの田舎暮らし、戦前の昭和、戦中・戦後の苦労や復興ぶりと、時代の移り変わりの描写も非常に鮮やかです。
また、両親やみすやの客、文楽界の人々など、大勢の人物にもそれぞれの味わいがありました。

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