シャーンドル・マーライ「灼熱」
【あらすじ】
閑居する老貴族・ヘンリクの元へ、逐電していた親友コンラードが41年ぶりに戻ってきた。ヘンリクは亡妻とコンラードと自分の間で起きた「事実」を語り、友が知る筈の「真実」を問う。
このお話に関しては、粗筋はまったく意味がありません。
老ヘンリクが蝋燭の下で語る話がこのお話のすべてであり、まるで一人芝居を見ているような感じ。
41年前の出来事に対する答えは一切与えられず、ヘンリクが推察したように読者もひたすら推察するしかないのですね。
先日の「バルザックと小さな中国のお針子」同様、翻訳小説であることが全く気にならないのは訳者の功績ですね。
表現や言葉はとても考えさせられるものがあり、これが「文学の香り」なのか、と感じる上品な雰囲気があります。ページを捲ると、直ぐ石造りの古い城館の中に誘われていく素敵な浮遊感がありました。
麻生が一番衝撃を受けたのは、下記の台詞です。
友に裏切られたからといってその友の性格や弱点を非難することが許されるだろうか?
相手をその人徳や誠実さゆえに愛する、そんな友情にいったい何の価値がある?
相手の誠実さをあてにする、そんな愛にいったいなんの価値がある?
不誠実な友も、誠実で犠牲を払ってくれる友と同じように受け入れるのが我々の務めではないのか?「灼熱」第13章より引用
普通、自分が嫌なことをされたら、それが友人であっても不快は覚えるし、度重なれば友情にも亀裂が入ると思うのですが……こんな究極的な友情って、有り得るんだろうかと思いました。ヘンリクの語る友情は、ある意味家族愛に近いものなのかも。