フィリップ・リーヴ著 井辻朱美訳「アーサー王ここに眠る」
【あらすじ】
孤児の少女グウィナは、アーサー王に仕える吟遊詩人ミルディンに拾われた。水潜りの上手さを見込まれたグウィナは、ミルディンが演出する“魔法”の片棒を担ぎ「湖の精」としてカリバーンを王に渡す。その後、湖の精の正体を隠すためミルディンの従者として少年を演じていたグウィナだが、やがて年頃になってしまい、王妃の侍女になる。ところが今度は王妃の不倫の片棒を担ぐ羽目になり、逆上した王に誅される寸前、辛くも逃げ出す。男と女で入れ替わる生活の末、ミルディンと王の死を看取ったグウィナは、アーサー王の最後の戦いを語る新たな詩人となっていた。
斬新なアーサー王物語。
アーサー王がいかにして伝説になったかという「現実と物語」を描くと同時に、グウィナが演じる「少女と少年」という二つの生きかたを描く、二重写しのお話です。
ミルディン(マーリン)が、ケチな戦いも大きなもののように吟じてアーサーを支援することで、伝説がどんどん膨れあがっていくのが面白いです。正確な情報が得られなかった時代であり、口コミの力を感じます。
本作のアーサーは高潔な王ではなく、その時代にごく普通にいた略奪者の一人に過ぎないし、円卓の騎士も、彼と行動を共にするごく普通の戦士たちでしかないのですが、それゆえ等身大の人物が描かれていて、伝説よりも生き生きとしていると感じました。
以下、私が本作に惹き込まれた箇所の引用です。
なんだかふたりのアーサー殿がいるような感じになってきた。わたしの故郷を焼きはらった冷酷な男と、ミルディンの物語の中に住んでいて、魔法の鹿を狩ったり、巨人や山賊と戦ったりする別の男と。物語の中のアーサー殿のほうが好きだったが、そのいさおしや神秘のいくらかが現実の男のほうにもふりかけられて、収穫の季節に砦にもどってアーサー殿に会ったときには、わたしはどうしても、この男がアイルランド海でガラスの城を手に入れたり、<黒い魔女>を桶のように真っぷたつにしたりしたときのことを考えてしまった。
実のところ、月組公演(アーサー王伝説)の予習として読み始めたのですが、アーサー以外の登場人物名が、見知った円卓の騎士とまったく違うので、最初は混乱しました。
しかしそのお陰で、ランスロットに当たる人物が登場しても分からない、という効果があったと思います。アーサ王伝説である以上、王妃が不倫するのは当然なのに、その瞬間まで気付かず、主人公と一緒にショックを受けました。
訳文は、児童書っぽい感じでしたが、お話が一区切りごとにサクサク進むので、比較的読みやすいと思います。
少し硬質な部分も含めて、血腥さと森と土の匂いがする、ブリタニアの物語を堪能できました。