ラズロは目深く被らされた帽子のつばを持ち上げ、一度だけ後ろを振り返った。
 賑やかな明かりはまだ消えない。
 この街で誰かに会いたければ、彼のカフェへ──その言葉通り、あの店の扉を潜ってから数時間で、随分多くの出会いがあった。地下組織の仲間、フランスの警視総監、ナチスの将校、そして。
「あのカフェのオーナーと言うのは、どんな人物だ?」
 問いに、先導の男が振り返った。緊張した面持ちが僅かに解け、若い素顔を覗かせる。
「リックですか?」
 聞き慣れない米国風の呼び名を、バーガーは軽く唇に乗せた。
「1年前からあのカフェを経営して……元はレジスタンスに参加していたようですが」
「同志なのか?」
 迷路のように入り組んだ路を、灯りもなく進んでいく。前を行くバーガーの明るい髪が、ラズロに与えられた僅かな目印だった。
「いいえ。でも、スペイン内戦で一緒だった男がいるんです」
 ふ、と呼吸が揺れ、冷たい夜気が肺に満ちた。
 数えきれないほどの同志が失われた争いの名は、未だにラズロの胸を軋ませる。肉体の傷よりも、遥かに深い痛みだ。
 長く、凄惨な戦いだった。その地に、彼は立っていたのか。
「何故、今は活動に参加していないのか、聞いているか?」
 地下水道に続く扉の一つが開けられ、薄暗い洞の中に、ラズロは躊躇なく踏み込んだ。
「そこまでは、ちょっと」
 応える声に困惑の色が混ざったことに気付いて、ラズロは首を振った。彼の存在は、活動とは関わりのないことだ。少なくとも、今はまだ。
 質問から解放されたバーガーが、ほっとした表情で、今度は強く語り出す。
「それより、みんな貴方の話を聞きたがってますから──」
 頷き返しながら、ラズロは、ただ純粋にリックと言う男の話を聞いてみたいと思った。スペインのこと、活動のこと、パリのこと、イルザのこと……


ラズロはどういう経緯でリックの過去を知ったのか、と考えたところ、バーガーとの会話がササッと湧いただけなので、展開的な面白みはありません。
翌日になってリックが通行証を持っている可能性を知ってからだと、打算的に交渉相手を知ろうとした側面が強くなるので、集会前の方が面白そうかなと思います。
その場合、あまり意味なく、ただイルザと関係があった男がどういう人物なのかが気になったと言うことになるのですが、完全無欠ヒーローのラズロにも、このくらいの本人も説明の出来ない気持ちがあると良いなと、何かが欠けた人物が好きな麻生は思います。

で、1幕でラズロとバーガーが被っていた帽子は、2幕になると影も形もないのですが、何処にいったのでしょうか?

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