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鯨統一郎著「邪馬台国はどこですか?」

【あらすじ】
あるバーで日本古代史の教授・三谷と助手の美女・静香、在野の研究家・宮田が鉢合わせた。宮田が歴史上の謎に対するとんでもない自説を述べて静香を激怒させ、バーは歴史バトルの舞台となる。

面白かったです。
歴史は好きだけど、学問として勉強したわけでなく、根拠文献等はあまりよく知らないので、色々な見かたができることにワクワクしました。ただし、宗教含む歴史見解に対して、喧嘩を売っているようなネタが多いので、本書を楽しむには、奇説・大ボラと笑う大らかさも必要かな。
内容も、ひたすら文献と推論を付き合わせて会話だけなので、小説としては評価し難いです。

各話で宮田が唱える説は、下記の通り。

  • ブッダは悟りを開いていなかった
  • 邪馬台国は岩手県八幡平にあった
  • 聖徳太子と蘇我馬子と推古天皇は同一人物だった
  • 光秀は信長の自殺幇助で本能寺の変を起こした
  • 明治維新は勝海舟のシナリオだった
  • イエスの身代わりにユダが十字架に掛けられた

こうして一覧にすると「!?」な内容ばかりですが、「講釈師、見てきたような嘘をつき」という感じで滔々と語られると「そうだったのかも……?」と思わされます。ロマンもあるし、納得もできます。

それにしても、カクテルが5種類しか出せないという時点で、このバーテンダー・松永でバーの営業が維持できるのか疑問です。スナックという設定の方がしっくり来るけれど、静香がスナックにいそうにない女性だから、敢えてバーなのかな。

加納朋子著「ななつのこ」

【あらすじ】
短編集「ななつのこ」に惚れ込んだ駒子は、作家・佐伯綾乃に、身近で起きた不思議な事件の話を添えてファンレターを送った。すると、作家からは鮮やかな推理が返され、2人の奇妙な文通が始まる──

面白かったです。
そして、日常ミステリーという括りで扱って良いのか悩む、文学的な香りの作品でした。

「ななつのこ」は、作中作である「ななつのこ」と同様の連作短編構成ですが、1編ずつに駒子の日常の一コマや遭遇する事件、そして佐伯綾乃著「ななつのこ」のお話が盛り込まれている入れ子構造で、同時に2つの物語を楽しんでいるような「お得感」があります。
1つずつの短編としても、全話通しての長編として見ても完璧な作りだと思います。ともすれば嫌味に感じるくらい、行儀のいい優等生といった風情の作品ですが、愛嬌のある主人公がその嫌味を巧く中和しています。
安楽椅子探偵役を務める佐伯綾乃の正体という謎に関しては、読書中一切気にしていなかったので、最終話で驚かされました。「バス・ストップで」の段階で、作者は住まいが近そうだと気付いていたのに……。駒子に比べると、お話しにならないくらいお粗末な観察眼です。

大崎梢著「平台がおまちかね」

出版社の新人営業マン・井辻の視点で、主に書店を巡る日々の活動を描いた日常ミステリ短編集。
本好きでも版元と関わらない人間からすると、まったく身近でない職業かと思いきや、営業という職はどの業種でも生態が変わりないものなんだなと思いました。

ちなみに、書店員を主役にした日常ミステリ短編集「配達あかずきん」の作者ですね。
井辻の営業先に「配達あかずきん」の舞台である成風堂が登場するのではと思ったけれど、そこまで直接的な関わりはなく、でも両方読んでいる読者はニヤリとする要素がありました。

主人公・井辻は、設定的に一見ワトソン役のようでいて、探偵役も務める一人二役。そのため、他の人物の存在感は薄めですが、準レギュラーである他社営業マンたちは、戯画チックなキャラクターで色濃く印象に残りました。

謎自体は、そこまで謎めいていないことを深く悩んでいたり、どうしてその発想ができたのかヒントが分からない謎解きがあったり、ちょっと不満が残りましたが、本への愛に溢れていて、全体的にリラックスして読めます。
特に良かったのは5話目の「ときめきのポップスター」。
「ポップスターコンテスト」と銘打ち、版元の営業マンたちに他社本を推薦させるフェアが行われるのですが、ここでポップ付きで紹介される10作が実在の本なのです。
次に読む本候補が一気に拡充された!と嬉しくなりました。

畠中恵著「アコギなのかリッパなのか -佐倉聖の事件簿-」

【あらすじ(最後までのネタバレ有り)】
21歳の元不良・佐倉聖は、腹違いの弟を養う大学生にして、元大物政治家・大堂剛の事務員である。養育費を稼ぐため、大堂の弟子筋の議員から持ち込まれた陳情・揉め事等の後始末を推理と行動力で解決して行く。

主人公が若くして「出来過ぎ」だったり、会話のノリが軽いという点で、好みに合う合わないはあるでしょうが、ユーモア溢れる日常ミステリで面白かったです。
読み終わって、政治家に対して少し好意的な気持ちになるお話というのは珍しいですね。
ということで、オヤジこと大堂剛、加納、沙夜子など複数の政治家キャラクターが登場します。個性派で良い面も悪い面もある強烈なメンバー揃いです。特に主人公と一番良く関係する大堂と、一癖ある加納が良いキャラクターでした。
彼らについて特定のモデルは思い浮かばなかったですが、それは作者の造形が巧いというより、現代はこんな大物政治家がいないということかなという気もしました。

宝塚を観る人間としては「贔屓のトップの、引退公演中」という下りに引っ掛かったり、政治家はファンクラブ会員ではなく劇団の「お客様」になるのでは……と思ったけれど、重箱の隅です。

百波秋丸著「三ツ星商事グルメ課のおいしい仕事」

【あらすじ(最後までのネタバレ有り)】
経理部の新人ひなのは、毎夜の飲食費を経費計上する「グルメ課」の実態を暴くため、スパイとして異動する。だが実はグルメ課は「食事の力を使って問題を抱えた社員に解決の手掛かりを与える」という目的で働いていた。その活動が会社の利益になっていると感じたひなのは、グルメ課存続のため働くことにする。そして、グルメ課の活動で生まれた新たな取引をグルメ課で受注するという荒技で、経費以上の利益を生む部署として認めさせる。

「総務部グループリソースメンテナンス課」で「グルメ課」という通称を思い付いた時点で、作者は「やった!」と思ったはず。
その上、グルメ課が行くお店は、実在するお店なのですね。料理のイラスト付きで紹介されているので、実際に食べに行きたくなりました。そう思わせる時点で、テーマに対して成功した作品だと思います。

しかし、続刊には手が出ません。
原因は、主人公にあります。
夕飯に食べ放題の店に行って、満足したので翌日寝過ごして11時出社だとか、取引先の重役に婚約者(偽装)として紹介されているときに、いきなり自分だけお菓子に手を付けるとか、食い気優先で知性が感じられません。入社半年の新社会人ならこんなもの、と思うにしても、端々で妙に新人らしからぬ図太さがあるのです。
そのため、魅力的に感じたり共感することができませんでした。

また、最後の逆転劇に至る設定が、「月菓」のエピソードだけで出来上がっていて、最初の2編は関係してこないのが残念でした。バラバラの要素だから、直接絡められないとは思うけれど、もしこれまでのエピソードがすべて逆転の中に組み込まれていたら、きっと大きな爽快感があったでしょう。

最後に、作中で紹介されているお店を覚え書き。

  • 燻製kitchen(大井町)
  • セルベッサジム カタラタス(渋谷)
  • さぼうる2(神保町)
  • 酒茶論(品川)
  • ゑんぞ RIZZERIA ENZO(浅草橋)