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道尾秀介著「カササギたちの四季」

【あらすじ】
リサイクルショップで働く日暮の職場では、季節が一巡りする度に、小さな事件が起こる。その都度、店長・華沙々木が披露する迷推理に合わせ、密かに証拠を仕込み、日暮は華沙々木に憧れる少女の菜美のため、ちょっと真実を作り替えるのだった。

ポンコツなホームズ役の為に、ワトソン役が頑張るお話。
同作者の「月と蟹」(2016年10月25日記事参照)が、凄く上手い作品だけれど重過ぎて合わないと思ったのに対し、これは軽い読み物なので気楽に読めました。

最初のうちは、華沙々木のデタラメな推理を「真実」とすべく偽装工作する主人公に苛立ったのですが、3話あたりから、これは「様式美」だなと理解しました。
毎回、和尚に廃品を買い取らされ、戻ったところで事件が起きて、日暮が密かに仕込んだ証拠品で華沙々木が出鱈目な推理をし、最後に日暮がこっそり真犯人と会って真相を読者に知らせる、という展開がされるのです。
そして毎回こういう構造なのだと思わせておいた上で、四話で、この様式美を少しずつズラす構造にしているのが上手いな、と思いました。

しかし、仲間内での話題の為に偽装するだけならともかく、犯罪行為も犯しているので、主人公の行動はあまり納得いきません。
しかし事件の発端はどれも「誰かを思いやっての嘘」だという、優しい物語なので、意外と読了感は良かったです。

谷瑞恵著「思い出のとき修理します」

【あらすじ(最後までのネタバレ有り)】
恋人と別れ仕事も辞めた明里は、20年前の夏休みに一度だけ預けられた祖父母の美容室を借りて暮らし始めた。ひょんなことから、商店街の人々の苦い思い出を知ることになるが、それらは誤解やすれ違いがあっただけで、本当は温かく優しい出来事であった。やがて、明里自身が抱いていた祖父母にまつわる苦い記憶も懐かしい思い出に昇華され、美容師を目指した自身を肯定できるようになる。

5つの短編から成る連作。
日常ミステリとしては、全体的にややファンタジックな面が多く、読者に推理させる気はないと感じます。でも、個々のオチには一応理屈がついています。
そもそも、物語の主軸は明里と時計屋さんの過去と恋愛模様だと感じたので、そちらを楽しみました。二人とも三十代ということで、比較的落ち着いているのと、時計屋さんが好意を隠したりせず、明里も決して鈍感でないのは好感を持てました。明里の精神的な弱さには少しイライラさせられましたが、自分探しモノの主人公としては仕方ないかな。

無意識の内に人を勝手な名前で呼ぶ明里ですが、「時計屋さん」という呼称は、本人のキャラクターの温かみも伝わってくる良い呼称だと思います。
太一のキャラクターは、大学生としては現実味がなかったです。もっと子供なつもりで読みました。しかしトラブルメーカーというほど面倒を起こすこともなく、その点は意外でした。

悪意のある人は一切登場しない、全体的に優しい世界です。また、寂れた商店街という舞台設定ながら、浮世離れした雰囲気が漂っていて、どちらかというと寂しさよりも温かい余韻のあるお話でした。

柏井壽著「鴨川食堂」

【あらすじ】
「“食”捜します」の一行広告に導かれ、悩める依頼人が看板も暖簾もない鴨川食堂を訪れる。彼らの語る過去の断片を手掛かりに、元刑事の料理人・流が思い出の味を探し出し提供する。

飯テロ本です。
主人公である探偵が依頼人の探している「食」を提供するというストーリ—構成の上、舞台となる食堂でもランチが振る舞われるため、食事シーンが多く、食欲が刺激されました。

しかし、依頼を受けて探し物をするという短編集でありながら、日常ミステリといって良いのかは疑問でした。
基本的に、流の博識がなんでも解決してしまうためです。
正直、依頼人が口にするヒントだけで正解に辿り着けるとは思えません。推理ではなく、事実を最初から知っており、調査期間に裏付けを取って相手を諭しているだけのように見えました。
依頼人の抱える問題に食が光を投げかけるというエピソードの組み立て自体は良かっただけに、その点が残念です。

また、流の娘こいしが、私には30代の女性と思えなくて戸惑いました。最初、小学生くらいの少女を想像してしまったのも原因だと思いますが、全体的に成人女性とは思えない言動です。鴨川親子の背景は深く語られていませんが、親の食堂手伝いと探偵事務所長をしているだけで、他の仕事はしていない模様。所長といっても、前述の通り、問題は父親である流が全部解決するスタイルで、こいしは依頼人の話を聞くだけ。ワトソン役としても機能していないため、キャラクターの存在意義が見えませんでした。
一方、お客さんたちは一癖ある人物たちで、特に食に五月蝿い常連の老婦人・妙が好きでした。

桂美人著「禅は急げ! 落護寺・雲水相談室事件簿」

【あらすじ】
お布施稼ぎを目的とする「お悩み相談室」を担当する羽目になった新米の雲水・真実は、嫌々ながら、相談室を訪れる人々や仲間の雲水たちの絡まった気持ちを解くため、東奔西走することになる。

タイトルから、禅寺を舞台にした日常ミステリと踏んでいたのですが、どちらかというと、禅寺の個性的過ぎる仲間達とのやりとりを楽しませるキャラクター小説でした。
真実以外のレギュラー陣は、なんでも完璧にこなす俺様人間、霊力がある美少年、オネエの先輩と、濃いラインナップ。全体的に美男美女揃いでホモ多しと、かなり漫画風です。
いくら落伍者の集まる寺という設定でも、俗っぽ過ぎる気がして最初は戸惑ったのですが、パターンの入った「ドタバタコメディの禅寺版」と割り切ればサクサク読めました。

事件や推理はあるのですが、日常ミステリと感じなかった理由は、まず主人公である真実に積極性がないためです。相談を受けても、娑婆と関わりたくないので、表面的なことを言って当たり障りなくやり過ごそうとするくらい。よって、悟りの精神が語られるわけでもありません。もっとも、この点は善意の押し付けがましくないという意味で、ある程度良かった面もあると思います。
とにかく、探偵役としてもワトソン役としても中途半端に感じます。
謎を解いた後も、なんだか都合が良過ぎて腑に落ちない部分があって、あまりスッキリしませんでした。特に「白昼のチッタ」は、理由はともあれ窃盗犯を逃がして、その行為を肯定するというオチに首を傾げました。

「善は急げ」を駄洒落したタイトルや、草食ならぬ「僧職系男子」なんて宣伝は悪ノリ感もありましたが、禅寺の特殊な生活は本文中でキチンと描かれており、禅問答などもあるので、舞台設定は大いに活かされています。
なお、専門用語は巻末にまとめて解説されていますが、読了後に気付きました。そのため、読んでいる最中は、もう少し細かい説明がないと不親切だと思っていました。

鯨統一郎著「新・世界の七不思議」「新・日本の七不思議」

「邪馬台国はどこですか?」のシリーズ作品。
1作目と比べると、正直見劣りしました。

「世界」は「邪馬台国」と同様、バーの中での歴史バトルですが、今回は最初に仮説を持って来るのでなく、静香たちの話を聞きながら宮田が新説を提示していくという形式で、前巻との差異を打ち出しています。
展開の都合上、まずは基本的な知識が提示されます。世界の謎というだけあって取り扱いが広範囲で、1作目ほど「誰もが知っている定説」を覆す展開ではないことから、このような構成にしたのかなと思います。実は私もストーンヘンジやモアイ像については全然知らなかったので、勉強になりました。
また、バーテンダー松永の代わりに語り部を務めるジョゼフ教授が無事京都に行けるのか?という観点でも楽しめるところがありました。

一方、「日本」では静香と宮田がバーの外に出て、これまでの仮定を立証していくようなフィールドワーク形式をとっています。一部、バトル相手が登場する話もありますが、静香のような激昂する人物はいないので、非常に大人しい印象でした。
非常に残念だったのが、静香と宮田が勝手に——すなわち読者に断りなく、親密になっていたことです。2人の人間関係は、前巻までは歴史バトルを成立させるために用意された、ある種「舞台装置」でした。それが変化したのに、肝心の理由が描かれておらず、「京都である事件に巻き込まれたから」というフリだけで終わってしまっているのです。変化の必要がない装置に変化を加えるなら、そこを物語で見せてこその小説でないのかな、と思います。
また、扱う話題も微妙です。万葉集(柿本人麻呂)の話と、空海の謎は、「言われてみれば」と疑問点が出てきて興味深かったですが、他に奇抜な内容はありません。真珠湾攻撃や原爆投下の是非に関しては、もはや「キャラクターが歴史の謎を解く」のでなく、単なる作者の私見披露になっていて、少々辟易しました。

個人的に一番問題だと思ったのは、1作目「邪馬台国」を宮田が書いた本だと設定したことです。
そもそも「邪馬台国」はバーテンダー・松永の視点で書かれています。本の中で松永は静香への憧れを抱いていましたが、その「マドンナ」をモノにした人間が、顔見知りの男を主人公に、彼女への慕情を抱いているが相手にされない、という設定で作品を書くというところに、なんだか嫌な気持ちを覚えました。フィクションといっても、作中の登場人物同士はお互いにとって実在の人物です。松永がその本を手に取って読んだら、どう感じるでしょう。

2巻とも、巻頭の一文は面白かったので、引用で示させて頂きます。

この作品がノンフィクションであるという保証はどこにもありません。
「新・世界の七不思議」

フィクションなのか、ノンフィクションなのか、それが問題だ。
「新・日本の七不思議」

ハムレットのパロディは使い古された手法だけれど、「世界」はお決まりの文句だと一瞥した後、「んん!?」と思って読み直させられました。