手掛かりを失い、ショーヴランは怒りに歯軋りしながら広間の着飾った貴族たちを見回した。
 若い男たちは馬鹿揃いで、動物を模した滑稽極まりない衣装に前時代的な帽子という出で立ちを誇っている。女たちは高慢な気取り屋で、噎せ返りそうな香りを振りまいている。
 その群の中心に目当ての人物が見え隠れしている。ショーヴランは、気が狂いそうな色と香りの洪水の中へ飛び込むと、必死に声を上げた。
「殿下、お願いが――」
 スカーレットピンパーネルに繋がる糸一本すら掴まぬまま帰国するわけにいかない。せめて、英国内の渡仏船を監視させる約定でも結ばねば、無能者と呼ばれる恥辱が待っている。
 だが、その声に気付いたのは別の男だった。振り返った顔に、ショーヴランは思わず舌打ちした。
「よし、みんな、全権大使殿も仲間に入れて差し上げよう!」
 男の恍けた声は、驚く程よく通った。その大声のまま、袖を引き耳打ちしてくる。
「殿下のご機嫌を取るにはゲームのお相手が一番だよ、シトワイヤン」
 私の番を譲って差し上げよう、と恩着せがましく語る伊達男の手を振り払い、けれど、そこに目当て――英国皇太子の輝く瞳を発見した。
「おお、パーシーの代わりにシトワイヤンが参加するのかね」
 反応は悪くない。
 更に、思ってもみない援護射撃が加えられた。
「如何です殿下。シトワイヤンが勝利されたらそのお願いとやらを聞いてあげるのは」
 道化の放言が内容も聞かず快諾されるに至り、ショーヴランは内心で歓声をあげた。
 そうとなれば、スカーレットピンパーネル一味の捕縛に留まらず、革命政府を公的に支持する条約でも獲得してやる。彼の功績は比類なくなり、あのいけ好かないベルギーの工作員も彼の実力を思い知るだろう。
 チェスか、カードか、遊戯など久しく触れてなかったが、覚えはある。貴族のお遊びに負けるつもりはない。
 そして、皇太子殿下は高らかに宣告した。
「では“落ちたら負けゲーム”をしよう!」
「――は?」


昨年の月組公演「スカーレットピンパーネル」観劇時に考えていたネタです。
宝塚ファンでないと通じない役者ネタオチであるため思い付きのまま放置していましたが、皇太子殿下を演じた桐生園加の退団にあたって「禊」として仕上げてみました。
次回月組観劇時に、もういないことを実感するんでしょうね……。

「小説文」を久し振りに書き、仕事で書く「実用文」の定石を大幅に外している事に改めて気付きました。
もともと私の作品は、展開でアッと言わせるものではなく、雰囲気を楽しんで頂く面が強いので、分かり易さは無視している時があります。今回は、独り善がりになり過ぎないよう、実用文との違いを意識して書いてみましたが、読み手の皆さんにとっては変化なかったでしょうか?

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