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オルツィ著 村岡花子訳「べにはこべ」

→中田耕治訳での感想は、2010年6月23日記事参照

1954年に三笠書房から刊行された村岡花子訳版の「スカーレットピンパーネル」が、今年文庫化されたもの。底本は1967年刊行の三笠書房版。
河出文庫は既に中田耕治訳の「紅はこべ」を刊行しているのに、わざわざ発行したのは、NHKの連続テレビ小説「花子とアン」での需要を見越してかな。
表紙イラスト(田尻真弓)も可愛いし、読み比べてみようと思って読んでみた……のですが、訳による大きな印象の変化はありませんでした。原書は読んでいないけれど、村岡訳・中田訳共にオルツィの文章を忠実に訳してるのではないでしょうか。
でも村岡訳の方がもっと古いのに、その古さを感じない、分かりやすい文章であることには驚きました。
また、主人公であるマーガリートの女性心理の動き等は、村岡訳の方がすっと入ってくるかも知れません。なぜ愚鈍な金持ちと欧州一の才女が結婚したのか、等と言われつつも、パーシィへの愛は最初からマーガリートの中にあったのだということが飲み込めました。

機会があれば、原書に挑戦したいですね。

 手掛かりを失い、ショーヴランは怒りに歯軋りしながら広間の着飾った貴族たちを見回した。
 若い男たちは馬鹿揃いで、動物を模した滑稽極まりない衣装に前時代的な帽子という出で立ちを誇っている。女たちは高慢な気取り屋で、噎せ返りそうな香りを振りまいている。
 その群の中心に目当ての人物が見え隠れしている。ショーヴランは、気が狂いそうな色と香りの洪水の中へ飛び込むと、必死に声を上げた。
「殿下、お願いが――」
 スカーレットピンパーネルに繋がる糸一本すら掴まぬまま帰国するわけにいかない。せめて、英国内の渡仏船を監視させる約定でも結ばねば、無能者と呼ばれる恥辱が待っている。
 だが、その声に気付いたのは別の男だった。振り返った顔に、ショーヴランは思わず舌打ちした。
「よし、みんな、全権大使殿も仲間に入れて差し上げよう!」
 男の恍けた声は、驚く程よく通った。その大声のまま、袖を引き耳打ちしてくる。
「殿下のご機嫌を取るにはゲームのお相手が一番だよ、シトワイヤン」
 私の番を譲って差し上げよう、と恩着せがましく語る伊達男の手を振り払い、けれど、そこに目当て――英国皇太子の輝く瞳を発見した。
「おお、パーシーの代わりにシトワイヤンが参加するのかね」
 反応は悪くない。
 更に、思ってもみない援護射撃が加えられた。
「如何です殿下。シトワイヤンが勝利されたらそのお願いとやらを聞いてあげるのは」
 道化の放言が内容も聞かず快諾されるに至り、ショーヴランは内心で歓声をあげた。
 そうとなれば、スカーレットピンパーネル一味の捕縛に留まらず、革命政府を公的に支持する条約でも獲得してやる。彼の功績は比類なくなり、あのいけ好かないベルギーの工作員も彼の実力を思い知るだろう。
 チェスか、カードか、遊戯など久しく触れてなかったが、覚えはある。貴族のお遊びに負けるつもりはない。
 そして、皇太子殿下は高らかに宣告した。
「では“落ちたら負けゲーム”をしよう!」
「――は?」


昨年の月組公演「スカーレットピンパーネル」観劇時に考えていたネタです。
宝塚ファンでないと通じない役者ネタオチであるため思い付きのまま放置していましたが、皇太子殿下を演じた桐生園加の退団にあたって「禊」として仕上げてみました。
次回月組観劇時に、もういないことを実感するんでしょうね……。

「小説文」を久し振りに書き、仕事で書く「実用文」の定石を大幅に外している事に改めて気付きました。
もともと私の作品は、展開でアッと言わせるものではなく、雰囲気を楽しんで頂く面が強いので、分かり易さは無視している時があります。今回は、独り善がりになり過ぎないよう、実用文との違いを意識して書いてみましたが、読み手の皆さんにとっては変化なかったでしょうか?

月組公演「スカーレットピンパーネル」11:30回観劇(チケットセディナ貸切回)。
ショーヴラン役:明日海りお、アルマン役:龍真咲。
有難い事に、突然ですが観る事が出来ました。前日の公演SSが、実はこの前振りでした。

明日海ショーヴランは、マルグリットへの未練はあまり感じさせず、あくまで道具として彼女を利用する辺り、恋より革命、そして己の野心を見据えているように見えました。冷酷さの方が際立って、滲み出るような情念まではない、体温の低いショーヴラン。
やはり明日海は原作を読んで役作りに影響させているのかな?と勝手な印象を深めさせられます。
革命と恋を混同している龍ショーヴランより大人で、革命も恋も手に入れようとする柚希ショーヴランよりリアリスト、或いは諦めが良い。そんな印象でしょうか。
線は心配していたほど細くなかったですが、小柄なので、背を向けていると民衆に埋没しそうでした。かといって顔が見えると、今度は実年齢の若さが透けて見えて、序盤ロベスピエールと並んでの観劇シーンは、率直に言うと父子に見えました。
本人の実力、容貌に問題がなくても、一人芝居でない以上、カンパニー内の関係性って重要ですね。

Wキャストと言う事でどうしても比較になりますが、歌は全体に明日海の方が安心して聞けました。
歌唱力だけの問題でなく、キーの違いが出た結果かと思いますが、「マダムギロチン」「鷹のように」「栄光の日々」は明日海、「君はどこへ」「ひとかけらの勇気」は龍の得意範囲でしょうか。
逆に言うと、それだけ広い音域が求められる役だったと言うことで、難役だと改めて思います。
一方、台詞の声は不思議と龍の方が好きでした。何より「はっ」と言う低く深い受諾の一言が好みだったので。とは言え明日海も台詞は聞き取り易く、これは完全な好みの世界ですね。
この事で、話す声と歌う音域は必ずしも一致していないのか、と気付かされました。確かに、喋る声は低いのに歌うと高い、またはその逆と言うのはありますものね。勉強になりました。
動作は、明日海が歩く時は腰のサーベルを片手で固定して動かないようにしていましたよね。途中で指導があったのかも知れませんが、龍の時はブラブラさせてしまっていたような記憶があるので、その辺の細やかな気配りは観ていて嬉しいと感じました。全体に抑制が効いていたのは龍の方のようにも思えましたが、不思議ですね。
他の違いとしては、オペラボックスから出てくる時の身のこなしでしょうか。龍は長い足でひょいと一跨ぎした感じでしたが、明日海は登った塀から滑り落りるような印象。最後の蹴りもパーシーに届いていなかったから、この辺は身長差の問題ですね。
持って産まれたハンデは、今後諸先輩方を見習って克服して貰いたいです。

さて、役替わりで比重が大きいのは明らかにショーヴランですが、実は明日海ショーヴランより龍アルマンが面白すぎて、そちらに夢中でした。
全体の印象としては、同行のこたつきさんと「革命の最中に流れ弾で死んでいそう」だと合意。姉マルグリットが、あの馬鹿力でいつも弟を守っていたのかな。ピンパーネル団で唯一の平民なのに、なぜか一番貴族っぽい優雅な雰囲気がまた優男度を上げていました。
最高だったのは、2幕で鞭打たれたシーン。「あっ」と可憐な声を上げて物凄いオーバーアクションで床に倒れ伏したのには参って、思わず吹き出しました。明日海アルマンは、気を失うだけで、倒れはしなかったですよね。苦鳴も男らしかったし。
龍アルマンは台詞声が砂糖菓子のように甘く、弟全開で、ショーヴランを演じていた時のあの低音ボイスはどこへ消えたのか、と驚きました。
女装時はやはり三つ編みでしたが、明日海アルマンとは違うかつらに見えました。極太で男の女装感が強かった明日海に比べると、普通に可愛い娘仕様。
しかし、アルマンの髪型でフィナーレのサーベルは似合ってませんね。
また演技と関係ありませんが、サーベルダンスの途中、上手に待機するシーンで越乃リュウ組長と随分長いこと会話していて、今日の二人――ロベスピエールとアルマンでにこやかに話されると、その内容が気になりました。
それにしてもこのアルマン、気丈で自立したマリーと大変お似合いに見えました。娘役には、相手の男役の男ぶりを上げる娘役スキルなるものが取り沙汰されますが、同時に男役にも、組んだ娘役を可愛く見せるスキルがあるとすれば、正にその技を観た感です。

劇団の思惑に乗せられて、役替わりを思い切り楽しみましたが、やはり気になる事も。
パーシー@霧矢大夢が「ショーヴランを恋敵とは思ってない」という主旨の発言をしているインタビューがありましたが、確かに月組版ショーヴランは、ピンパーネル団の活動上の敵、というスタンスに納まってると思いました。
もっと存在感を出しても良い、出せる役だと思うのですが、パーシーとショーヴラン役者の経験値の差、そして役替わりと言う点からして、そこまで深まらなかったのかなぁと思ってしまいます。
機会を与えると言う意味では、役替わりも意義があると思いますが、ショーヴランはちょっと大役過ぎでは……。
どうせ役替わりするなら、星条海斗ショーヴランを観てみたかった気がします。

その他、役替わり以外で気になった事。
パーシー@霧矢大夢はちょっと声に掠れが。最終週突入ですから、最後まで喉の調子を労り整えつつ頑張って欲しいです。
一方マルグリット@蒼乃ゆきは、高音がもの凄く綺麗になってますね。ただ、一番肝の「貴方を見つめると」「忘れましょう」がまだ手子摺ってるので、もう一息と言う感じ。演技は前回感じたのと同様、キュートで好みです。
シャルル@愛希れいかは歌声の素朴さが味ですね。演技は初演と変わりありませんが、間違いない解釈で良いかと。
靴屋の妻ジャンヌ@美鳳あやが芝居巧者ですね。凄い恐さがありました。
結局個体認識できていませんが、ピンパーネル団の恋人たちがみんな可愛くなっている気がしました。
ラストシーン、グラフの写真等ではパーシーが黒手袋をしたままデイドリーム号に乗っていましたが、東京公演では手袋を取ってますね。二人が素手で握り合う様子は心温まるので、変更されて良かったと思います。

6/5公演アドリブネタです。


男はもう一度、手にした書状を読み直した。

――なお、本会は黒服以外の装いでご出席ください。

その一文は、プリンス・オブ・ウェールズ主催の仮面舞踏会の招待状の末尾に確かに記されていた。
事実を認めた瞬間、手にした招待状は、革命政府に対する挑戦状に変わった。
彼が負う極秘任務のためにも、祖国を代表する大使としても、この舞踏会を欠席する訳にはいかない。だが、公安委員である彼を招待しておきながらその制服を暗に拒絶する英国の卑劣さに、歯噛みしないでいられようか。
革命により国家としての体力を著しく消耗した祖国を、舞踏会に相応しい衣装も用意できないと嘲笑うつもりに違いない。そう思えば、耳の奥で嗤い声まで聞こえる。その声に眦を裂けば、あの不愉快な英国貴族の顔がはっきりと思い浮かんだ。
激しい怒りが全身を震わせたが、招待状を引き裂く寸前に理性が勝った。
英国と事を構えるのは今ではいけない。
いっそ、英語が理解できなかったふりをすることも考えられたが、それは彼自身の自尊心が頷くことを許さない。
ならば、誇りある制服を脱ぎ、場に相応しく、彼奴らが口出しできない衣装を選ぶことこそ、成すべきことだ。
ついに、彼は決意した。


かくして、総スパンのタキシードに羽根を背負った革命政府全権大使は、「あなた、本当にそんな服持ってたのね」とマルグリットから生暖かい眼差しを受け、パーシーの羽根の方が大きくて豪華なことに一層対抗心を燃やし……と言うもう一つの展開が思い浮かんだ貸切公演アドリブでした。
これに限らず、龍ショーヴランin英国はいじりたくなるキャラですね!
殿下絡みのネタもあるのですが、千秋楽までに書けるかな?

オークシイ著、中田耕治訳「紅はこべ」

【あらすじ(最後までのネタバレ有り)】
フランス革命後、ギロチン行の貴族達を謎のイギリス人「紅はこべ」が救出していた。イギリスの大貴族に嫁いだマルグリートは、敬愛する兄の命と引き換えに紅はこべの正体を探るよう脅され、夜会で知った、紅はこべが明日亡命者たちと落ち合うと言う情報を革命政府全権大使ショーヴランに教えてしまう。だが翌日、愚鈍と疎んでいていた夫パーシーが紅はこべであったことを知ったマルグリートは、夫への愛に目覚め、自ら彼を追って危機を知らせようとする。三者の追跡と駆け引きの末、紅はこべによる亡命者と兄の救出が果たされる。そして互いへの疑心が晴れた二人は、愛を確かめ合うのだった。

先日感想を書いた舞台「スカーレット・ピンパーネル」の原作「紅はこべ」。

何種類か出版されているようですが、私が読んだのは河出文庫版。
頁を開いた途端、最近の本と異なる細く小さな活字体に、なんだか昔の文学集を読んでるようなワクワクした気持ちになりました。
訳は、ちょっと接続詞が変だなと思う所もありましたが、そんなに引っ掛かることなく読めました。

期待通り面白かったですが、原作はマルグリットの視点中心に進むため、パーシーを主人公にした冒険活劇である舞台版に比べると、心理劇の面の要素が強いでしょうか。
二人が結婚済の時点で物語が開始していることや、皇太子ルイ・シャルルの救出やパリでの痛快な活躍がまったくないことから、舞台版の脚本を書いたナン・ナイトン氏は凄い膨らませ方をしていたのだな、と大変驚きました。
もし先に原作を読んでいたら、舞台版に違和感を感じたのでしょうか? しかし根底が同じ作品であることは間違いなく、私は違和感なく両作とも楽しめました。
読んでいて、ところどころ「怪盗ゾロ」を思い出しましたが、あれも謎のヒーローと、その正体を知りたいヒロインのお話ですね。

原作ではアルマンがマルグリットの兄(舞台では弟)であることは予め知っていたのですが、アルマンが好男子な上、マルグリットが異常に兄想いなので、自分がパーシーだったら少し妬けるような気がしました。
弟だと、あの愛情過多も多少許せるし、パーシーに救出を懇願しても良い気がするのですが……。
これは勝手な想像ですが、普通に格好良くてビックリした明日海りおのアルマンは、もしかすると原作を参考にしたのかな?と思いました。

ショーヴランが有能だったので、敵として怖さが増していました。でも、どの要素で紅はこべの正体に気付いたのかは不思議。食堂で寝てるパーシーを見付けた段階では、彼の事は疑ってませんでしたよね。晩餐会から帰宅するマルグリットと話すシーンの時にはまだで、彼が出発してから気付いた?
一方の紅はこべの扮装は、途中で勘付いたため、そんなにあっと驚く面はありませんでした。どちらかと言うと、鞭打ちされた上、ショーヴランへの直接の仕返しなしのままと言う展開に驚きました。

続きのシリーズ作品があるようなので、そちらで報復したのかな。