村上龍著「希望の国のエクソダス」
【あらすじ(最後までのネタバレ有り)】
パキスタンに日本人の少年兵がいたニュースが列島を駆け巡ったその年、全国の中学校で集団不登校が始まった。学校での教育を否定した中学生たちは、ネットビジネスを開始して巨額の金を入手し、政界や経済界を脅かす。やがて彼らは、独自通貨の発行、北海道への集団移住などを経て「希望のない国」日本を捨てて理想の国を作る。
中学生たちの反乱と、日本人の性質、政治・経済への批判で綴られた長編。
面白かったです。TwitterやLINEといったツールはもちろん、各種動画サイトがない時代に書かれた近未来小説なので、現代と照らし合わせるとまた話が変わるなと思う箇所もありますが、同時に今読んでも先見の明があると唸る部分もあり、その辺は小説の妙だと思います。
主人公の雑誌記者・関口は、これという活躍もしないのですが、大人を「分かり合えない」ものとして切り捨てる中学生たちに対して、ただ「聞く」だけの関口だからこそ、曖昧な交流を続けることができたのかなとも思います。
この作品の特に興味深い点は、中学生たちを正義として書いていないことです。
確かに彼らの快進撃は爽快だけれど、関口が指摘しているように社会通念を無視しており、善悪の境が曖昧です。それゆえ、勢力を広げる様に気味の悪さも感じます。なにより、革命を成功させた後のポンちゃんたちが格別幸せそうには見えない、という点です。彼らは単に戦って生き延びただけといっても、そこに喜びがないのは異様に感じます。
彼らに「勝った!」というカタルシスがないため、最後は少し締まらない印象を受けました。それは連載物の弱みかと思いましたが、わざと曖昧にして読者に評価を委ねているのかもしれません。
なお、作者は後書きで、この作品を書いた切っ掛けを下記のように語っています。
「龍声感冒」というわたしの読者が作るインターネットサイトの掲示板で、今すぐにでもできる教育改革の方法は?という質問をした。(中略)
わたしが用意した答えは、今すぐに数十万人を越える集団不登校が起こること、というものだった。そんな答えはおかしいという議論が掲示板の内部で起こり、収拾がつかなくなった。
労働者のストライキは労使交渉で有効な一打です。それを学校にあてはめれば、確かに不登校とは学生のストライキ行為でしょう。
しかし、不登校を行使しながら、作中の中学生はなにも要求しませんでした。不登校で得た時間を、自分たちで自由に使っただけです。そして、最終的には日本から事実上脱出してしまいました。
そこから考えると、作中においても教育改革は果たされなかったのでは、と読み終わったいま悩んでいます。