• カテゴリー 『 読書感想 』 の記事

小路幸也著「話虫干」

【あらすじ(最後までのネタバレ有り)】
図書館職員・糸井薫は、小説を作り変えてしまう「話虫」を退治して話の筋を戻すため、小説「こころ」の世界に「先生」圖中と「K」桑島の友人として潜り込んだ。しかし日々を共に過ごすうち、糸井は圖中と桑島に友情を感じ、死なせたくないと願う。一計を案じた糸井は、二人を「こころ」の舞台を離れた神戸に連れて行った上で「小説の中の架空の人物」と明かし、「先生とK」ではない存在にしてしまう。

神の視点でありながら、一人の登場人物として東奔西走する糸井と、登場人物側でありつつもどこか神の視点を持つ圖中の語りで進んでいく小説。
明治風に古い文体で書かれていますが、当然現代人の作なので、実際の明治文学作品のように読み難い点はなくライトな作品です。もともと小路先生の文体は読みやすいという点もあって、一気に読めます。

思い付いたものをどんどん取り入れているとしか思えない話虫によって、Kの妹、夏目漱石、ラフカディオ・ハーンにエリーズ(舞姫)、ホームズ(シャーロック・ホームズ)まで登場して、どんどん「こころ」の展開から外れていく辺りは、どうなるのかと期待させられました。
それだけに、とっ散らかった展開がそのまま終わってしまった感があり、ちょっと惜しいです。
糸井たちがどうして夏目先生たちを退場させることができたのか、話虫がそれ以上話に手を入れなかったのは何故かという肝心の部分が曖昧で、釈然としませんでした。

オチに関しては「こころ」をもとに話虫が作った二次創作を、糸井が更に三次創作した、と思ったのですが、そういう認識で良かったのかしら。

救いのない「こころ」という作品を正しい筋に軌道修正させる以上、やはり救いは与えられないけれど、圖中と桑島は先生とKの路を辿ること無く済んだのは良かったです。

田牧大和著「甘いもんでもおひとつ 藍千堂菓子囃」

【あらすじ】
両親亡き後、跡を継いだ叔父によって菓子司「百瀬屋」を追われた菓子職人・晴太郎は、弟・幸次郎と菓子司「藍千堂」を始めた。父の教えを守り、工夫を凝らした菓子で、廃業を迫る叔父の嫌がらせに対処していく。

江戸の和菓子職人が主人公の連作短編。
この手の職業もの小説はハズレが少なく、本作も期待通り面白かったです。ただ、主人公とは性格が合わず、少しイライラもしました。
弟の幸次郎も、有能と言われていてもそれは表現だけで、実際の業務描写からは感じられなかったのが残念です。

本作で描いている、夢追い人だが能力はある兄と実務家の弟という組み合わせは、有川浩著「シアター!」の兄弟のポジションを逆転したようなものです。春川兄弟は良くて、本作の藍千堂兄弟は好みでない、と思うのはなぜかを考えてみると、より強い立場である兄の側が薄ぼんやりしている点が私の気に入らないようです。
晴太郎が兄であり店主である以上、幸次郎はストッパーとして機能し切れず、だから物足りないのかなと思います。

また、全話を通しての謎と設定されている、叔父が晴太郎を追い出した理由について、最終話で「そんなことで?」と思ってしまったのが残念。もちろん、本人からすれば許し難い事実で衝撃を受けるのもわかるけれど、それが砂糖まで変えて仕事の質を落とすというのは感情優先過ぎて、納得できませんでした。

坂井希久子著「ウィメンズマラソン」

【あらすじ(最後までのネタバレ有り)】
2年前、予期せぬ妊娠のためロンドン五輪を辞退し、日本中からバッシングを受けた女子マラソン選手・岸峰子。リオ出場を目指し競技に復帰した峰子だが、長距離ランナーの才能を見出した恩師は後輩の指導に力を注ぎ、目も向けて貰えない。それでも意地で走り続ける峰子は、五輪選考を賭けて名古屋ウィメンズマラソンに出場。勝負を通して、走りたいという自分の気持ちに折り合いを付けていく。

読了時の印象は爽やかな作品。
女性ランナー同士の戦いには陰険な要素もありますが、最も重要なライバルである後輩の辻本が、根アカで善良な点に救われていると思います。また、試合の駆け引きが正々堂々としたものなのも良かったと思います。

ただ、読んでいる間は気にせず楽しめたのですが、改めて感想をまとめようと思い返すと、主人公が陰険で、「甘やかされて育った女」としか言いようのない、嫌な部分を見せるのが気になりました。
そもそもの原動力が嫉妬。被害妄想が激しく、他人を批判する。自分の行動は棚上げする。自分からは謝罪しない。娘の育児は母親頼りにしておいて、娘の成長を見守れないと嘆いてみせる。愛想がない。etc.
彼女が監督たちから本当に不当に扱われているならば、憤るのも当然だけれど、実は専属コーチ付きの非常に恵まれた環境で、文字通り夢に向かって走っているのです。
よくこんなキャラクターを主人公に据えたものだ、と思ったら作者も読者から受け入れられない可能性を危惧していたようです。

単純で嘘もあまりつかないけれど、被害妄想も強いし、嫉妬深い。読者に受け入れてもらえないのではと最初は心配したほどでした
http://hon.bunshun.jp/articles/-/3954

もちろん、妊娠は不祥事というわけでもないのに、嫌がらせされたり、身内にも被害が及ぶことは良くないと思います。
しかし、峰子が悪役(ヒール)にされた自分に酔っているような面もあり、読み進めるほどに同情が薄れました。こういう印象もなかなか珍しいものですが……。

白河三兎著「神様は勝たせない」

【あらすじ(最後までのネタバレ有り)】
全国出場を目標とする校内唯一のスパルタ教師が率いる中学サッカー部は、予選準決勝で2対0のピンチに追い詰められる。数日前に暴露された秘密によりチームが壊れ、負けても良い気持ちになっていたのだ。辛い試合の中、1人気を吐くキャッチャー、試合を諦めたディフェンダー、拗ねた点取り屋、混乱中の司令塔等は、次第にサッカーをやりたい自分に気付いていく。

6人の語り手が、予選準決勝のピッチからする回想を中心に進むお話。
サッカー自体の面白さ、サッカーを通しての少年少女の葛藤、成長、恋、そして家族というものを感じさせる作品です。

語り手が変わるごとに、部活を揺るがした「秘密」と、進行中の「試合状況」が少しずつ明らかになるため、“数日前にチームを揺るがすなにがあったのか?”という過去のミステリーへの興味と、“試合の勝敗はどうなるのか?”という現在の戦いへの興味がどんどん掻き立てられました。結局、結末まで見届けた後、最初から読み直しもしました。
また、同じ時間軸の出来事を複数の視点で見直すため、「僕はこう考えて行動した」という本人にとっての事実が、他人から見るとまた違う印象になるところが面白かったです。

ただ、肝心の秘密に関しては、少々収まりの悪いものを感じました。広瀬と宇田川に悪意がないのは分かるし、中学生にそこまで配慮を求められないとも思うけれど、謝罪をしないまま終わるのは感じが悪かったです。
結末は爽やかにまとめているけれど、前半の青春スポ根要素強めで最後まで通した方が、私は感動できたでしょう。

さだまさし著「落談まさし版 三国志英雄伝」

さだまさし氏が「桃園の契り」から「劉備の死」までを語った、6時間の口演を文字に起こした本。
抱腹絶倒とは言わないけれど、クスっと笑えます。根底に、さだ氏の三国志愛があるのも感じます。
非常にテンポよく、時折ギャグも交えた語りで、サクサクと要点を絞った「三国志」を楽しめました。これなら、「三国志」や「三国志演義」に挫折した、中国史に興味のない人でも最後まで読めますよ!
演義を下敷きにしているため、周瑜が終始虚仮にされているのが不憫でした。