• カテゴリー 『 読書感想 』 の記事

能町みね子著「お家賃ですけど」

芸能関係に疎いので、作者のことも、背景も知らず読みました。
裏表紙解説には「自叙伝風小説」と記されていますが、実際はmixiの日記を再構成した本とのこと。エッセイと考えて良いのでないかと思います。読んでいる最中、独特で面白い感性だと思う部分と、プロの物書きであることを疑う部分が混在してたので、mixiとわかって納得しました。
なお、巻末にあるmixiの日記再現ページは、ひらがなが多過ぎて目が滑りました(わざとやっていることも書かれていたけれど)。本編は漢字変換されているので、普通に読むことができます。

軽妙な題名から、ほのぼのした下町ものを想像して読み始めたので、若者特有のもどかしさ、不安定さがそのまま描かれた日々に驚きました。もっとも、あらゆる事象が非常に淡々と書かれているし、性転換に関する事情もほとんど触れないので、筆者の心理状態を斟酌せず読むことも可能です。
下町の風情に浸れる部分ももちろん含まれていて、勝手に「加寿子荘」と呼んでいる下宿のようなアパートと、牛込への愛が溢れていて、神楽坂周辺を楽しく散策している気持ちになりました。
私自身は、こういうアパートで暮らすのは無理ですけれど……。

江國香織著「つめたいよるに」

ファンタジックで哀しく優しい、そしてスッと溶けて消えていくような短編集。
新潮文庫版では、単行本「つめたいよるに」から9編、「温かなお皿」から12編が合本されています。

犬好き必読”と言われている「デューク」目当てで読みました。
飼い犬デュークが死んで嘆き悲しんでいる少女が、不思議な少年と1日を過ごす、というシンプルなお話です。少年の正体に関しては、早い段階からヒントが散りばめられていて、誰でも正体に気付くようになっていますが、だからこそ答えを書かない、という作者の抑制が好印象でした。
愛犬を亡くした経験がある犬好き読者は、確かに共感できるでしょう。
私は日頃、夢をまったく記憶していないのですが、初めて飼った犬が死んでから三週間ほどしたある日、一緒に遊ぶ夢を見て目覚め、「ああ、最後に遊びに来たのだな」と妙に納得した経験があります。さすがに、犬の姿でしたが(笑)。

短編集なので、どのお話も一気に読めます。
全体的には淡々とした印象です。学生のバイト風景、休日の中年、幽霊と少年、恋人と女性と多彩なお話が収録されていますが、正直どれも似ています。非現実的な要素もあるため、一度冷めた視点で見てしまうと、つまらない印象を受けそうです。
しかし作者の感性、独特の世界観は面白いです。小説家というより詩人だとも思い、どことなく宮沢賢治作品の息吹を感じました。

関川夏央著「中年シングル生活」

独身中年男性(離婚歴あり)の日々を描いた作品。
主人公は「作家の関川」なので、当然エッセイだと思って読んでいたのですが、巻末対談に至ると筆者が本書についてこう語るので、脱力しました。

一見、私小説みたいに見えるけれども、なるたけそうはならないように努力した
『文庫版あとがきにかえて S君の「物語」 阿川佐和子VS.関川夏央』より

もっとも個人的には、創作だという発言も格好付けのような気がします。

そんな煮え切らない「関川」本人の有り様を筆頭に、出版界の独り者について語ったり、漱石、鴎外、一葉といった文豪の言を紐解いて進みます。
不幸というわけでも、かといって幸福というわけでもなく、漠たる不安や決意と共に過ごす暮らしぶりは、正直身につまされるところもありました。特に、独身でいることは信念ではなく、身に染み付いた生活の癖だという分析には、まったくその通りだと思います。

1990年代に書かれた本なので、少々時代は古いですが、独身男性の思考を「わからない」と思う感覚も含めて知ることができました。
筆者が期待しているようなユーモアを感じるかどうかは、また別かな。

菊間千乃著「私が弁護士になるまで」「私がアナウンサー」

元フジテレビアナウンサーの手記。
発行順は「私がアナウンサー」→「私が弁護士になるまで」ですが、私が読んだ順番が逆なので、本記事でも読んだ順番通りに語りたいと思います。

2冊とも、本人写真が大きく掲載された表紙ですが、元フジテレビアナウンサー・菊間千乃という存在をまったく記憶していなかったので、有名人本という意識はありませんでした。
「私が弁護士になるまで」の未成年タレントとの飲酒問題を語るくだりで、「そういえばそんな報道があった」と思い出したくらいです。その前に起こった転落事故に関しては、まったく知りませんでした。

私が弁護士になるまで」は、32歳でロースクールに入学し、退職して司法試験に挑み、2度目に合格。弁護士事務所で勤め始めるまでの経緯を語る内容。
将来は見えないまま、とにかく勉強する受験者たちの姿に圧倒されました。いかに効率良く猛勉強するか、を語っているだけなのに、面白かったです。ここまで本気で勉強できるというところに感心します。
最後は努力が報われる上、友達と支え合う姿、理想とする弁護士像についてなど、美しくまとまった一冊だと思います。

私がアナウンサー」は、女子アナウンサー時代に起きた生放送中の転落事故と、復帰までを語る内容。当時の報道、医療記録、証言、自身の日記、インタビュー等から再検証して語っているので、ややルポルタージュ風と言えます。
下手な医者で不快な思いをした話なども赤裸々に書かれていて、「弁護士」よりも一段若い素顔が覗けます。

悪気は一切ないけれど、負けん気と我が強い女性なのだろうな、と感じさせる“地”が滲み出る2冊で、なかなか面白かったです。

川上弘美著「風花」

【あらすじ(最後までのネタバレ有り)】
不倫した夫から離婚を申し込まれたのゆりは、「好きだから別れたくない」と突っぱねたまま、曖昧で途方に暮れた気持ちを抱え日々を過ごして行く。やがて、不倫相手は夫を捨て、のゆりは夫の転勤先に付いていく。数年後、身辺を変えていったのゆりは、遂に別れる結論に至るが、別れを告げられた夫は動転する。

小説を読み始めて3ページ目の段階で、主人公と「気が合わない」と気付き、残る100倍のページ数を耐えながら読破。私は白黒つけたい性格なので、非常に鈍いペースで物事を飲み込んで行く主人公に、終始イライラしました。

のゆりは反応が遅く、感情表現も薄いので、とっくに過ぎたことを「もっとちゃんと怒れば良かった」と思い返すシーンで、「この人は怒っていたのか」と驚かされたくらいです。
夫の不倫を知った妻が、夫と別れたいのか否かも曖昧なまま、ただ暮らし続けているだけという前半は、正直呆れ果てます。
私は自分が女性なので、不倫する夫を擁護したくはありません。しかし自分が男だと仮定して、のゆりのような終始茫洋としたつまらない妻を娶ったら、不倫したくもなるだろう、と思いました。もっとも主人公だけでなく、登場人物は全員、なにを考えているのか分からない人々でしたが。

人物には一切魅力を感じませんでしたが、半年以上も「保留」状態を続けて、周囲の状況の方が変わっていく様は、自分から動かない主人公ならではの展開で少し面白かったです。心の揺れの描きかたも緻密で、等身大の人間を描いた作品ではあることは間違いありません。特に、別居して一人暮らしの部屋で、上がったままの便座に虚をつかれる箇所は、確かに覚えのある光景だと思いました。
それだけに、裏表紙の「恋愛小説」という解説には、疑問が残りました。