• カテゴリー 『 読書感想 』 の記事

萩原浩著「押入れのちよ」

短編9作を収録。
そのお話も、作者の文章構成の巧みさが光っています。読み物としては非常に面白いです。
しかし、私は、心優しい幽霊と生者の間で起きる喜劇や悲哀を描く「ジェントル・ゴースト・ストーリー」短編集だと思って読み始めたので、「ホラー」が含まれていたことにショックを受けました。

表題作「押入れのちよ」「コール」「しんちゃんの自転車」の三作は、期待通りの善良な霊と人間の関わりを描いた作品。
特に「コール」は、読者の「思い込み」を上手く使った叙述ミステリーになっていて、途中で種明かしされた時点で思わず「えっ」と声が出ました。そして、暖かさと哀しさとが胸に残る、素晴らしい一編でした。
夫と妻がお互いの殺意を込めた夕食を囲む「殺意のレシピ」は、喜劇的で面白かったです。相手を殺すためそれぞれが知恵を絞り、肉を斬らせて骨を断つ覚悟で口をつける辺りは、なんだか笑えます。
「介護の鬼」も、喜劇チックな作りでしたが、本作で行われる行為は現実に有り得そうで、気分が悪くなりました。
そして、正真正銘のホラーである「老猫」は、生理的な恐怖を覚えさせられます。読み飛ばそうかと悩んだけれど、読み飛ばしたら気持ち悪さを拭えないと思って、我慢して読み切りました。が、ラストまで読んでも余計に怖いだけでした……。

苦手ジャンルが含まれていた為に、後味の良くない読書だったのが残念でした。
出版社には、怪奇小説だからといって、後味の良い作品と悪い作品をまとめないことを望みます。

徳川宗英著「徳川家に伝わる徳川四百年の内緒話」

田安徳川家の当主が語る、徳川家康以降の一族の逸話。

正直「タイトルに偽りあり」です。
筆者自身が、子々孫々と伝わるものでないと断っている通り、将軍たちにまつわるエピソードは、他の文献で知ることができる話です。8割くらいは、歴史好きならどこかで聞いた話だな、と思う話です。松平定信が京伝のファンでサインを貰っていた、という話などは知らなくて「へー」と笑っちゃいましたが。
徳川慶喜より後の、将軍にならなかった人々の話は、さすがに知らないエピソードが揃っていましたが、それを読みたくて本書を手にしたわけではないのです。

子孫の立場から、ご先祖様の偉業や恥部に関する感想をまとめた本と見れば、それなりに味があります。決して徳川万歳という姿勢ではなく、あくまで「先祖なので身贔屓してしまうが」というスタンスな筆者の人柄は好ましかったです。
真摯に、わかりやすく書かれているので、江戸時代に対する知識を深めたい方には良い入門本です。
それゆえに、有名人の秘話が読めると期待させて裏切るタイトルは、望ましくなかったと残念に思います。

高尾慶子著「イギリス人はおかしい 日本人ハウスキーパーが見た階級社会の素顔」

日本人がイギリスに対して抱きがちな、妙な親近感と憧れを打ち砕くエッセイ。

「労働階級から見たイギリス」という切り口は意外と新鮮です。保守党から労働党に政権交代したときの時局などは、勉強になりました。
ズケスケと自分の思うところを言いたい放題するところは、痛快でもあります。
ただし、リドリー・スコット監督のハウスキーパー時代の話が多いため、「暴露本」の側面を含んでいることや、借金を返さない女性や警官とのやりとりなど、少々下品に感じる部分もありました。
筆者は、著書を通して日本人が抱く英国紳士の夢を砕き、自身の言動を通して西洋人男性が抱く大和撫子の夢を砕いているわけですね。

監督の御母堂と宝塚ロンドン公演を観劇し、宝塚歌劇団の実力を絶賛されるくだりは、一ファンとしてむず痒い気持ちになりました。
当時の精鋭を全組から集めたプレミア公演だったので、決して過剰な評価ではないと思うけれど……。この頃のような、「凄い公演」を今の歌劇団でできるものかな、と少し考えさせられます。

宮木あや子著「雨の塔」

【あらすじ(最後までのネタバレ有り)】
世間から隔絶された全寮制の女子大で、高校時代に同性と心中未遂を起こした矢咲、母親から捨てられた小津、権力者の妾腹の娘・三島と奴隷のように仕える都岡が出逢った。4人は惹かれ合って嫉妬し、やがて矢咲と小津は関係を結ぶが、外界での事変を受け矢咲が実家に戻ることにすると、小津は海に身を投げてしまう。矢咲は小津が死んだことを知らぬまま学校を去り、一方、都岡は三島の元に残ることにする。

前情報なしで読み始め、途中で「少女愛」の作品だとわかりました。
「お姉様」的な面はないので、「エス」とは少し違うような気もします。だいぶ幻想的ではありますが、セックス表現も含まれているので、苦手な方は要注意です。

独自の学園設定で、かなりファンタジーな雰囲気が漂っています。
食事シーンは何度もあるのに、まったく生活感がないのも特異。
外界から物理的に切り離されているとは言っても、電話はあるし、岬内にも学生やダウンタウンの店員、事務員等がいるのに、全体的に4人の内面と手の届く範囲しか描かれないため、ここには4人しか存在していないかのように感じる狭い世界でした。

そして物語を紡ぐ4人は、普通に付き合って悪印象を与える人ではないけれど、卑怯だったり、愚かだったり、歪な面があって、手放しの好感を抱くことが難しい人物でした。
もちろん、意図的な人物描写だと思います。

小津が死ぬことは、途中から示唆されていたものの、その時点では「なぜ死ぬ必要があるのか」と疑問に思っていました。しかし、最後まで読むことである程度腑に落ちました。
彼女の場合は、母親から捨てられた、不要な人間であるという喪失感があっから、矢咲から「小津が必要」「一緒にいる」という言葉を貰うことで、自分を肯定していたのですね。それゆえ、矢咲が大学を不要とした瞬間、自分も捨てられる前に逃げたのだと思います。
もう少し小津が自己肯定に足る期間を経ているか、矢咲が言わずに済ませた「外界でモンブランを食べよう」という約束をしていれば、小津は逃げなかったかもしれません。
この2点に関して、矢咲を責めて仕方ないことはわかります。でも、矢咲は自分が小津を追い詰めて殺したことには最後まで気付かないだろうと思わされる辺り、残酷な少女です。

そうして小津の死と寂しさ矢咲の残酷さを感じただけに、愚かだけれど善良ではある三島の元に都岡が己の意思で戻るラストには、少し救いを感じました。

ヒキタクニオ著「ベリィ・タルト」

【あらすじ(最後までのネタバレ有り)】
リンは、元ヤクザの芸能プロ社長・関永からスカウトされ、アイドルを目指す。しかし人気が上昇し始めた矢先、大手プロから強引な移籍話を持ち掛けられる。リンの大成の可能性に夢を抱く関永は移籍を断るが、リンの母親が大手プロに同意書を渡した上、リンの身柄も誘拐されてしまう。打つ手を失った関永だったが、部下・小松崎がリンの母親と無理心中したことで、離婚した父の同意書を持つ関永の元にリンは戻されるが、自分を巡って人が死ぬ様を見たリンはアイドルを辞める。

ふわふわとしたイメージのアイドルではなく、化粧、運動、食事制限など、ストイックに「人に見られる」職業を追求したアイドル小説です。そのため、主人公リンがアイドルとして磨かれ垢抜けていく成長過程は、ウンチクも含めて楽しく読めました。
また、リンを手掛ける2人がインテリヤクザだという点から、全体的に下品な匂いが付きまとう会話も刺激的でした。

それだけに、中盤から、大手プロとリンの取り合いにシフトすると、急速に陳腐に感じられたのが残念でした。銃だ日本刀だと、あまりに破天荒過ぎて現実味がありません。
終盤、どう決着を着けるのかと思ったら、私としては雑に感じる畳みかたで、非常にガッカリしました。
小松崎が死ぬのは構わないけれど、リンがアイドルとして大成しないまま終わってしまうのでは、報われません。悪役として使われているリンの母親の描写も鼻につきましたし、リンが専務の家に監禁されていながら処女を失わずに済む展開は、ご都合主義というより男性作者らしい処女信仰を感じて私は辟易しました。

しかし、リン、関永、小松崎、仁という、アイドルの原石と彼女の教育に関わる男たちという4人組の魅力は最後まで褪せませんでした。
登場時のリンは、蓮っ葉で馬鹿な女の子かと思わせておいて、本能が強く健気で潔い野生児という、独自の魅力があるアイドル像で、TVでどう映えるのか見てみたいキャラクターでした。