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アントニー・マン著 玉木亨訳「フランクを始末するには」

奇妙な味わいの短編12編。

会話はウィットが効いていて、サクッと読みやすいけれど、激しく癖のある作品揃い。
ブラックジョークというべきなのでしょうか。煙に巻かれるようなお話はあるし、各主人公を筆頭とする登場人物も、私には合わない感じでした。
とはいえ、つまらないわけでもなく、表題作などは意外な展開で面白かったです。
一番面白かったのは、チェス王者を目指す若者が、強くなる為に父親を憎むよう指示され、それに従う「エディプス・コンプレックスの変種」かな。
犯罪や損傷を仄めかすような内容も多く、「ビリーとカッターとキャデラック」は、だいたい想像していた通りのオチでしたが、それでもゾッとしました。

地味に良いと思った点は、扉にオリジナルタイトル(英語)も記載されていることです。翻訳物の短編は、すべてこの処置をしてくれても良いと思います。……といっても、スワヒリ語だとかだったら読めないので不要ですが。

ジェイムズ・ヒルトン著 白石朗訳「チップス先生、さようなら」

「古き良き」という形容詞で表現される、保守的で真面目な老教師の回想話。
先に映画のタイトルとして知っていましたが、予想外の物語展開でした。若い娘との恋愛や戦時中の苦労も語られるものの、回想のためか、チップス先生の性格ゆえか、浮き足立つことはなく全体的に粛々とした調子で進みます。
とても面白いわけではないけれど、良書を読んだという満足感のある一冊でした。

なお、新訳だけあって、文章自体は読みやすかったですが、作中のジョークはまったくピンと来ませんでした。英語とラテン語と分からないからだ、と思っておきます。

パット・マガー著 中野圭ニ訳「被害者を捜せ!」

【あらすじ(最後までのネタバレ有り)】
海兵隊員のピートは、僚友が受け取った荷物の詰め物になっていた新聞で、入隊前に働いていた「家事改善協会」の代表が、役員を殺害して捕まったことを知る。しかし肝心の被害者名は記事が千切れてわからない。隊員たちはピートから家善協の十人の役員の人となりや仕事内容、出来事を聞き、誰が殺されたのかを当てる賭けを始める。

犯人と殺害方法は分かっているのに、殺害された相手がわからない、被害者を探すミステリー。
……と聞いた時点で「え!?」と惹き付けられました。正直、発想の勝利としか言いようがない作品です。

ピートの話は、家事改善協会立ち上げから四年間の間、役員たちの間でどんな揉め事があったか、時系列で事細かに語られ、隊員たちの賭けと推理は最後にまとまっています。
物語として読みつつも、この中の誰かが殺されたはず、と想像させられて、家善協のゴタゴタがより面白く迫ってくる気がしました。
結末自体は少し拍子抜けというか、結局普通の推理もので終わった気がします。でも、「犯人以外のものを推理するミステリー」の先駆者として、特筆すべき作品なのは間違いないでしょう。
(本作のオリジナル版発行は1946年)

役員たちは、ピートがいう通り“誰が犠牲者だとしてもたいして驚”くに値しない曲者揃い。でも非常に「こういう人、いるな!」と思わせる人物造形です。いや、自分自身の中に似た要素を見出だすところもあり、「こういう振る舞いは相手に不快感を抱かせるから気を付けよう」と我が身を正す気持ちにもさせられました。

スーザン・イーリア・マクニール著 圷香織訳「チャーチル閣下の秘書」

【あらすじ】
第二次世界大戦下、数学者のマギーは首相のタイピストに採用され、首相官邸に通うようになる。ある日、交通事故で亡くなった筈の父親が生きていることを知ったマギーは、休暇に父を捜し始め、ブレッチリー・パークに辿り着く。だが同日、マギーに変装したIRAの工作員が首相官邸に侵入していた——

当初、思わせ振りな展開がしばらく続き、1/3くらい読み進めて「父親が生きているらしい」と分かってからようやく物語が動き出した感じがしました。
それでも、父親探しだけに没頭するのでなく、仕事や友人達との付き合いがまず優先されるので、いつになったら話が進むんだ、とヤキモキしました。でも、最後まで読むと、この構成に納得できた気がします。
お話は予想外の展開に転がって行くので面白かったのですが、テロとの戦いがメインで、死傷者も結構出るだけに、痛快といってしまっていいか悩みます。
表紙からは、もっと軽い作風に見えたので、ややチグハグ感もありました。

ロンドン空爆など、第二次大戦下のイギリスの状況が描写されています。
首相官邸(ナンバーテン)の在り方は、さすがに取材に基づいているので臨場感がありますし、この時代、ナチスとIRA(アイルランド共和軍)の二勢力が繋がっていたとは知らず、勉強にもなりました。
そして国際問題を扱いながらも、配給食材の中からでも記念日にはごちそうを作ったり、おしゃれに気を配ったりする女性ならではの在り方がユニークでした。

キャラクターは多種多様ですが、まず光っているのがアメリカ育ちの主人公マギー。
自分なら秘書官が勤まると自負していて、タイピストなんてつまらない仕事を宛てがわれることに怒っている才気煥発な女性。その設定を裏付けるように、世間が男性社会であることは理解していて、状況に応じた振る舞いができるし、混乱状態に陥っても喚き立てるわけでなく、打開策を練っていくのが格好いいです。特に、秘書官陣との関係はもっとロマンス小説風に展開すると思っていたので、意外でした。
善し悪しはあれど友人は多いし、男性優位論者だと思われた上司が実はそうでもなかったり、環境は恵まれています。展開に御都合主義な部分もあります。でもマギーを応援しているとそんな細かなことは気にならず読めます。
その他、短気で偏屈だけれど信念に基づいて邁進するチャーチル首相も魅力的でした。

シリーズ化されているので、先も少し気になるかな。

ちなみに、翻訳者の姓が読めなかったのですが、奥付に「あくつ」とフリガナがついていたことをメモしておきます。

フレドゥン・キアンプール著 酒寄進一訳「幽霊ピアニスト事件」

【あらすじ(最後までのネタバレ有り)】
1949年に若くして死んだピアニストのユダヤ人アルトゥアは、覚醒した瞬間、1999年のドイツのカフェでコーヒーを飲んでいた。現代の音大生たちと友人になるアルトゥアだったが、ある演奏会を切っ掛けに殺人事件が起こり始め、容疑者になってしまう。アルトゥアは50年前の出来事と現代の知識から、犯人である蘇った男との因縁を解き、死者は再び眠りにつく。

単行本版タイトルは「この世の涯てまで、よろしく」。
どちらの題名も、あまりピンと来ない作品です。この中では、訳者あとがきにある原題「Nachleben(記憶の中に生きること)」が一番しっくり来ると思います。

序盤は、現代に蘇った1930年代のピアニストの青年の眼から世界を観る皮肉っぽさに味がありました。その調子と、幽霊が主人公かつ恋愛の予感もあることから、ファンタジックな展開になるのかと思いきや、蘇った友人と出逢って以降、現代のアルトゥアと、50年前のアルトゥアの物語が交互に描かれ、戦場を知らない知識人にとっての戦争と、迫害から逃げ続けた日々が分かるようになります。
率直に言って、私は現代パートと比べてしまうと、戦時下の亡命生活の方がぐっと面白く感じました。
特に、事件の犯人であるアンドレイを追う期間が長いのですが、作中の「幽霊の世界」のルールがそこまで重要と思わず、よく飲み込めないまま読んでいたので、状況が理解し難かったです。そのため、50年前の出来事の続きを読む為に、あまり興味が湧かない殺人事件関係の話を読み進める、という具合でした。
最後は少し呆気なく性急に畳んでしまった上、裏付けがないので腑に落ちなかったのが残念。

全編的に、描かれているものは愛と殺人で、哀しみが溢れているのに、なんとなくドライな独特の雰囲気がありました。主人公のキャラクターに起因するのでしょうが、ドイツ文学の一面でもあるのかな。
作中に登場する曲を良く知っていると、アルトゥアが現代の弾き手を腐す部分等がもっと楽しく読めたのでないかと思います。