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チャールズ・ディケンズ著 中村能三訳「オリバー・ツイスト」

【あらすじ(最後までのネタバレ有り)】
救貧院で育った孤児オリバーは、ロンドンに出てきたところを、スリの元締めフェイギンに招かれ、何も知らぬまま悪事に加担させられそうになる。泥棒に入った家で撃たれたオリバーは、その家の貴婦人ローズの同情を受け、善良な教育を受けることになるが、フェイギン等はオリバーを取り返そうと画策する。やがて、オリバーはある貴族の庶子で、フェイギンは遺産を渡すまいとする異母兄の指示で動いていたこと、そしてローズが伯母であったことが分かり、以後二人は幸せに暮らす。

タイトルロールである「オリバー・ツイストの物語」を読むつもりでいたので、最初は歪な構成だと思いましたが、読み終わって考えてみると、この話は「オリバー・ツイストを巡る物語」なのですね。オリバー自身はほとんどなにもしておらず、この救済院生まれの孤児を巡って、犯罪者たちや善なる人々がどんな行動をとるかを描いているのだと思います。
そういう解釈ができたので、登場人物の善悪がハッキリしていることは気になりませんでした。

上巻では、オリバーの扱われかたが悲惨過ぎて頭に来るので、途中何度も中断しました。
それでいて、全体を通すと非常に御都合主義な作品なんですね。
しかし当時のロンドンにおける暮らしや、犯罪者チームの心理などは非常に生き生きと描かれています。特にナンシーの描きかたと救いのない結末は凄いと思いました。

訳は少々難ありで、古さを感じました。ディケンズの皮肉の利いた言い回しが、直訳だとチグハグな印象になっていたのが残念です。

バーネット著 土屋京子訳「秘密の花園」

【あらすじ(最後までのネタバレ有り)】
両親を失い、英国の叔父に引き取られたメアリは、叔父が10年前に封鎖した「秘密の庭」の入口を発見し、ムーアの自然児ディコンの協力を得て、庭の再生に着手する。やがて病弱で癇癪持ちの従兄弟コリンを庭に連れ出すと、自然に触れたコリンは生きる力を取り戻す。

同じ作者の「小公女」と「小公子」は子供の頃の愛読書。
当然「秘密の花園」も既読……だと思っていたのですが、メアリーのキャラクターに驚いたので、子供向けのダイジェスト版しか読んでいなかったのだと思います。
こんな、可愛げのない女の子だったんですね!
でもメアリーもコリンも根から捻くれているのではなく、単に関わってくれる人がいなかったため自分勝手な子供になっただけで、私達のような大人が子供とどう接するかが重要なのだと改めて諭される気がします。

メアリーは元々自分の問題を抱えていないため、後半はコリンが主人公となっています。メアリーが影も形も出て来ないエピローグは、ちょっと驚きでした。
それ以外の点では、さすがに名作で、単純でまったく捻りのない筋なのに、秘密の庭を探そうとしたり、屋敷の開かずの間を探索したりとするシーンだけでも面白いし、台詞には色々な含蓄を感じました。

なお、過去に英国に行った際、ミュージカル「The Secret Garden」を観ています。
台詞はほとんど理解できなかったので細部は覚えていませんが、メドロック夫人に連れられて電車に乗り、馬車に乗り、という冒頭の旅行シーンがスーツケースで演出されていたことは非常に印象に残っています。

ベルンハルト・シュリンク著 松永美穂訳「朗読者」

【あらすじ(最後までのネタバレ有り)】
15歳の僕は、年上の女性ハンナと恋をした。ハンナは物語を朗読させることを好んでいた。数年後、僕は傍聴した裁判の被告人席にハンナを発見する。やがて僕はハンナが文盲を隠そうとするため、不要な罪を背負い込んでいることに気付き、彼女の自尊心を無視して告発すべきか悩まされる。終身刑となったハンナに、僕は物語を朗読しては録音テープを送る。出所が決まったハンナは、独房で命を絶つ。

タイトルが秀逸。

恋愛小説という触れ込みで読んだので、予想外の展開に驚きました。
どちらかと言えば、戦争犯罪に対してどう向き合うかを問う面の方が強い気がしました。でも、それは私が二人の間を恋愛という言葉で結び付けることに抵抗感があったからかもしれません。親子でもおかしくないような二人の性交渉が描かれていることが、私にはどうしても引っ掛かって、納得できませんでした。

第二次世界大戦で、同様に敗戦国となった日本とドイツですが、戦争責任に対する向き合いかたはだいぶ違いますね。
ナチを支えた親世代に対して、子供たちが「断罪しなければならない」と考えたことは、それ自体の善し悪しはともかく、問題意識を持って歴史を学ぶ動機になったわけで、それは近現代史にほとんど触れない日本とは対照的だなと思います。

ひたすらテープを送り続ける僕(ミヒャエル)の行動に対して、ドイツ人らしいと思ったのが、我ながら面白かったです。

レスリー・シュヌール著 松井みどり訳「犬と歩けば恋におちる」

【あらすじ(最後までのネタバレ有り)】
脱サラしてマンハッタンで犬の散歩を請け負うニーナは、飼い主の留守中に住居を覗き見て、その中の1人・弁護士ダニエルに恋してしまう。しかし、ダニエルだと思っていた相手は、税務調査のため兄の住居を借り、兄に成り済まして暮らしていた双子の弟・ビリーだった。恋に落ちながらも、互いの正体を知った二人は破局。しかし、それぞれが本当に情熱を捧げる仕事を選び直し、自分を再発見した二人は、ようやく結ばれる。

主人公ニーナが犯罪者で、性格もバツイチ三十代とは思えないほど幼稚で、冒頭から「ドン引きです…」状態になりました。
犬を連れ出す仕事のために鍵を預けられているのに、他人の家に勝手に上がり込んで覗き見するのは悪趣味すぎます。しかも、冒頭はそうやって上がり込んだ他人の家で、勝手に風呂に入っているのです。それで罪悪感を持っていない辺り、私には信じられない神経です。状況が分かった瞬間、読み進めるのを止めようかと思いました。

最終的にニーナが始める「人と犬の仲介サービス」は面白そうですが、手始めとしてドッグ・ウォーカー業で見知ったミスマッチな飼い主と犬を勝手に交換してしまうのは、これも私の理解の範疇を超えていました。
確かに、飼ってみてから自分に合っていないと気付くこともあるでしょうけれど、それまでに築いた愛情があるんじゃないかと思います。
特に、ニーナが大事にしようとしている犬たちの方が、勝手に主人を入れ替えられて困惑するんじゃないのかと思うのは、犬好きの戯れ言でしょうか。

作品自体は全体的に大変明るく、N.Y.の雰囲気が味わえます。
なにより、犬たちはとても可愛いです。そのお洒落感を楽しむ作品として軽く読む分には、面白かったです。

エリス・ピーターズ著 大出健訳「修道士カドフェル 聖女の遺骨求む」

【あらすじ(最後までのネタバレ有り)】
イングランドの修道士たちが、ウェールズの寒村にある聖女の遺骨として引き取ろうとして、村人たちの反対に合う。しかし反対派の地主が殺害されたことで、遺骨の発掘が進められることになる。地主の死に不信を持った修道士カドフェルは、地主の娘と共に真相を調べ、遂に犯人に至るが、不幸にも犯人を死に追いやってしまう。カドフェルは聖骨箱の遺骨を遺体とすり替え、ウェールズ人の聖女はウェールズに、イングランド人の犯人はイングランドへ還す。

歴史ミステリー「修道士カドフェルシリーズ」の第一巻。
宗教的な奇跡と、合理的な物の考えが一つに解け合っていたり、イングランドとウェールズの気質差など、英国ならではの世界観が効いています。
なにより、修道士だけれど、神をも恐れぬタフネスで人間臭く聡明なカドフェルという男のキャラクターが立っていて、非常に面白かったです。

殺人事件が起こるまでに作品の半分くらい費やしていますが、そこまででも既に人間ドラマがしっかり折り込まれているので、事件が遅いという印象は感じませんでした。殺人事件無しで、聖遺物獲得にまつわる騒動を描くだけでも楽しめただろうと思います。
とは言え、ひとたび事件が起きれば、一体誰が犯人なのか、消去法で一歩ずつ詰めて行く捜査に、カドフェルと一緒に考えさせられました。
頭脳冴え渡る探偵物ではなく、実直に犯人を追い詰めて行く刑事物ですね。その割に、最後は物証を出せず自白頼りでしたが、時代的に仕方ないのかなと思います。

あと、遺体を運ぶ途中で臭うのでは、と感じたのですが、気候が違うからあまり影響ないのでしょうかね。

残念ながら、訳は少し不安定だった気がしましたが、読むのに支障があるほどではありませんでした。